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日々の出来事等を徒然と。偶に鬱状態になるので御注意下さい。   
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保健室に重い空気が漂う。
荒川未結が生きている・・・それも何者かに監禁されて・・・
蓮樹は今迄の事から何が起こったのかと思考を巡らせる。
犯人の目的は一体何なのだろうか?
荒川未結に霊感がある事と何か関係があるのだろうか?
騎羅畏が言った言葉にも疑問が湧く。
騎羅畏は自分は『特殊』だと言った。だから心配は要らないと・・・
「・・・解らない・・・」
数々の謎に悩む蓮樹を紅実は黙って見詰る事しかできなかった。

泡海ヶ原学園、屋上。
二つの影が対峙する。それは殺鬼と黒寿だ。
殺鬼が今回の事件について口を開く。
「今回の件、恐らく犯人は荒川の母親だろう」
「荒川さんの、御母さん?」
黒寿に訊き返され、静かに頷く。そして続ける。
「荒川は母親と二人暮らしだ。8歳の時、父親が別の女と関係を持ち、
その事を荒川の母親に知られ、離婚した。そして愛人の女と付き合っているらしい」
「へぇ、そりゃ辛かったんだね」
黒寿の言葉に感情は無く、只笑うだけだ。
「それ以来、荒川の母親は男に対する異常なまでの拒絶反応をするようになった。
その分、娘に依存し執着し始めた。娘だけは誰にも渡すまいとな。」
「って事は荒川さんが監禁されてる理由は彼女が恋をしたからだね。」
「そう言う事になるな。荒川には霊感があった。荒川自身はそれを嫌がっていたが
ある時、その霊感で自分と同じ霊感を持つ者を見つけ、恋に堕ちた・・・
それを母親に打ち明けた時、母親が発狂し、荒川を監禁した・・・」
「成程ね。それなら全て筋が通る」
「だが、問題は死体だ」
殺鬼は眉間に皺を寄せて言う。
「あの偽物の死体を如何用意したのかが問題だ」
殺鬼の疑問は直ぐに消えた。
「あーあの偽物死体作れる人、僕の知り合いに居るよ」
「!?」
黒寿の思いもよらない言葉に絶句する。
そしてある事に気付く。
死体を作ったのが誰なのか・・・確かにそれは奴にしか出来ない事だ。

煉瓦造りの古風な店の前に黒いドレスに
身を包んだ(くるんだ)少女が立っている。
紫色の長い髪、黒い大きな帽子を被り直し、店の扉をゆっくり開く。
カラン
扉に付いていた小さな鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ。あら、随分珍しい御客様ね」
店の奥から小麦色のローブを来た少女が現れた。
店の中は薄暗く、大量のマネキンで埋め尽くされている。
「今日は何の御用でしょうか?
死神界四大貴族覇月家当主覇月迷砂(はづきめいさ)さん」
迷砂は静かに口を開く。
「相変わらずお喋りだな。騎羅畏真龍(きらいまろん)・・・
私が此処に来た理由、解っているのだろう?」
迷砂は大きな眼を細め、真龍に鋭い視線を向ける。
「人体偽造・・・頼まれたのだろう?人間の女に・・・」
静かにそう言うと、真龍の笑顔が消えた。
「・・・・・」
「人間の女に世にも奇妙な死体を作ってくれと頼まれたのだろう?」
数秒間の沈黙。
沈黙を破ったのは真龍だった。
「ええ、来たわ。いかにもヒステリックそうな人間の女がね。」
真龍はふうと溜息を吐き、心底嫌そうな顔をした。
「作らないと帰ってくれそうになかったのよ。だから仕方なく作ったの。
あの女・・・完全にイカレてるわ・・・・。」
死神である真龍がイカレていると言うほどの狂った人間・・・・
迷砂は疑問をそのまま口にする。
「イカレているとは、どのようにイカレているのだ?」
真龍は床に置かれたマネキンを指さす。
マネキンを一つ手に取り、そのマネキンの首から下を捥ぎ取る。
そして首だけになったマネキンにポケットから取り出した紅い管を巻く。
それはまさしく荒川未結の死体そのものだった。
「あの女はこう言ったわ。『娘の死体を作ってくれ』と。
そして完成品を見せたら涙を流して喜んでたわ。
偽物とはいえ娘の死体なんて見て喜ぶ親なんて居ないわ。
まるで・・・本当に娘を殺したがっている見たい・・・」
家族、親子、母親、子供・・・迷砂の中で何度もその言葉が再生された。
自分にも双子の子供が居る。
仕事第一の為殆ど世話をしていない為真龍に預けているが
果たしてその子たちが自分を如何思っているのか?
疑問は持つもののそれは直ぐに消え去った。
今は育児の事よりも仕事だ・・・と。
「今回の件、貴様は被害者・・・と言うわけか」
「ええ、そうよ。」
迷砂は扉の方を向いて店を出る前にこう言った。
「次にあの女が動いた時、全てが終わる」
「またいらっしゃって下さいね~」
真龍の言葉を無視して店を出ると、歩きながら呟く。
「人の域を超えし愚かな者には終焉を・・・」

泡海ヶ原学園の小等部で心愛と心が
何かを察知したようにピクリと跳ねる。
互いの顔を見合わせてぽつりと呟く。
「御母さんが近くに居る・・・」
「凄く、怒ってる」
互いの体を強く抱きあい、そう呟く。

「助けて・・・・誰か助けて・・・・御願・・・・此処から出して・・・」
薄暗い部屋の中、荒川未結は携帯電話を握りしめている。
携帯電話のボタンを押し、助けてくれとメールをする。
メールを送信した時だった。
「・・・未結・・・・?」
扉が開くのに気付いた未結の体が大きく跳ねる。
「ひっ!」
部屋に入って来た女の手には包丁が握られている。
女はふらふらと未結に歩み寄る。
「御母・・・さん」
「ねぇ、それ、何?」
女が指さしたのは未結が握りしめている携帯電話だ。
「まさか、それで外に連絡してたの?」
女の口調が荒くなる。
「ねぇ?そうなの?そうなの!?未結!?」
女の怒声に尚も怯える未結に女が冷たく言う。
「未結、それを渡しなさい」
女の言葉に未結の顔が強張る。
「い、いや・・・これだけは・・・駄目・・・」
体を震わせて怯える未結に女は続ける。
「早くそれを渡して?」
「いやぁ・・・・これだけは・・・絶対に渡さな・・・・い・・・」
未結の首筋に冷たいものが当てられる。包丁だ。
「未結、貴方に選択権も拒否権も無いの。これは命令よ。」
その言葉で釘を刺し包丁の刃で未結の首筋を撫でる。
包丁の冷たい刃が当てられるたびに心臓がびくんと跳ねる。
「返事は?」
感情の無い問いかけに俯く。
「・・・はい・・・」
そう言って握りしめていた携帯電話を女に手渡す。
「良い子ね、未結」
未結の頭を優しく撫でると渡された携帯電話を開き、
送信履歴を見る。そしてそれを確認した女の顔が不気味に笑った。

泡海ヶ原学園保健室。
堕國蓮樹は白い紙に文字を書いていく。
その様子を紅実が不思議そうに見つめている。
「蓮樹、何してるですか?」
背後から覗きこむ紅実に視線を移す。
「コックリさんだよ」
「コックリさん?」
復唱する紅実に「うん」と答える。
「コックリさんに今回の事件の事について訊こうと思うんだ」
「コックリさんにですか?」
「そうだよ。さ、カーテン閉めて、電気消して・・・・」
手際良く作業を進める。
紙の上に置かれた十円玉に指を載せる。
触れられない指が十円玉に載せられる。気分だけでも、と言う事だろう。
「コックリさんコックリさん、鳥居の中からおいで下さい。
若し宜しければ質問にお答え下さい」
蓮樹の言葉に反応して十円玉が『はい』の方へ動く。
「有難うございます」

コックリさんを終えて保健室のカーテンを開けるとふぅと息を吐く。
「この事件、荒川さんと校内怪奇事件は無関係みたいだね。」
「そうなんですか!?」
紅実が驚いたような顔で言う。
「うん。さっきコックリさんが言ってただろ。
校内怪奇事件は人の仕業ではなく霊の仕業だって・・・
それなら荒川さんの件とは関係無いだろ?」
「そう言われてみたら、そうですね・・・」
紅実のおどけた言葉に付け足すように言う。
「先ず(まず)、最初の窓硝子に罅が入る現象、
これは霊達の無念の叫びによるもの。
次に理科室の標本が動く現象だけど、これも霊の不満を行動として
示しているだけなんだ。
最後の音楽室の不気味な歌声は悲しい霊の心の叫び。」
「す、凄い!あれだけのヒントで此処まで解るなんて!」
紅実の関心の声に「そんな事ないよ」と返す。
外はすっかり日が沈みかけていて、少しずつ暗くなっていく。
生徒達が下校し始めているのも解る。
蓮樹は鞄にノートと教科書を入れ、ベットの皴を掻き消すように整える。
「帰ろうか」
「はいです」
鞄を持ち、保健室の扉を開こうとしたその時だった。
「堕國君?」
「先生・・・」
騎羅畏だ。保健室の電気を点け、蓮樹を見詰る。
「如何したの、電気消して・・・」
「いえ、何でも無いです」
騎羅畏は「そう」と返すと腕を組んで蓮樹を見る。
「堕國君、今日は先生と一緒に帰らない?」
「え?一緒に・・・ですか?」
「そうよ。若し下校中に襲われたら大変でしょう?」
確かに運動神経から考えるに蓮樹が犯人を退けるのには無理がある。
体力もある方ではないし、腕力があるわけでもない。
「大丈夫よ、若しもの時は先生が堕國君を守るから」
騎羅畏の言葉に複雑な気持ちになりながらも「はい」と答える。
すると、保健室の扉に影が蠢いた。
それは保健室内の人間に視線を注ぎ、にやりと笑う。
こちらに気付いていない事を確認すると
それは勢い良く保健室の中に飛び込んだ。
ドスッ!
背後からの攻撃に騎羅畏の体がぐらりと揺れ、床に倒れる。
白い白衣には紅い鮮血が滲んでいる。
何が起こったのか理解出来ないで茫然とする蓮樹に紅実が言う。
「蓮樹!逃げて!!」
その言葉に我に返ると、目の前に横たわる騎羅畏に視線を向ける。
騎羅畏の腹部からは赤い血が溢れ出す。深く突き刺されたのだろう。
「先生・・・先生!」
蓮樹の方を女の視線がとらえる。
長い前髪から覗く鋭い眼。
「見つけたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
未結の初恋さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
女の言葉に怯える。
今、自分を守ってくれると言った人間が自分の目の前で横たわっている。
この状況、如何考えても不利なのは蓮樹の方だ。
女がゆらりと蓮樹に近づく。
「初恋?何の・・・事?」
怯えながらも疑問を口にする。
女の目が不思議そうに揺らぐ。
「あらぁぁぁぁぁ?気付いて無かったのぉぉぉぉ?
それなら貴方は悪くないわぁぁぁぁぁぁぁ。
でも、それなら貴方を殺せないわねぇぇぇぇ・・・・困ったわぁぁぁ」
女が更に蓮樹に近づく。そして蓮樹の頬に手を当てる。
頬を撫でる指が蓮樹の唇をなぞる。
そして不意に蓮樹の口内に押し込まれる。
「ん!?」
突然の事に動揺する蓮樹に女が笑う。
「決めたわぁぁぁぁぁぁぁぁ!貴方は、生きた標本にしてあげる!」
女の狂気に満ちた目が蓮樹を凝視して笑う。
危機感を感じた蓮樹が思わず女の指を咬む。
「あっがぁ!」
女の悲鳴とともに蓮樹の口が解放される。
息苦しさと眩暈に襲われながらもその場に倒れないよう、足を踏ん張る。
女が指の痛みに怒りの視線を向ける。
「こんのぉぉぉぉぉぉ糞餓鬼がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!殺してやるっ!!」
雄叫びの様に叫び、血の滴る包丁を振り上げて
襲いかかって来る女に目を閉じる。
「!?」
「これ以上、私の大切な生徒を傷付けはしないわ!」
騎羅畏だ。
さっき背後から攻撃されて倒れた騎羅畏が今度は蓮樹の目の前で
振り下ろされた包丁の刃を握っている。
手が包丁の刃に刻まれていることなど気にも留めず
暴走する女を見詰る。
「やっぱり・・・生きてたんですねぇ?先生ぇ?」
女の目が不愉快そうに揺らめく。
「あの程度で私は倒れないわ。私は貴方達人間とは違うの」
そう言った時、女の腹部に騎羅畏の蹴りが入る。
「ぐふぅ!」
続けてもう一撃加える。女の体勢がふらつき、窓の方へ後ずさる。
「おのれ、今度は・・・絶対に殺してやる!絶対に!!」
そう言い残して女は窓から脱出する。
手と腹から血を滴らせている騎羅畏に蓮樹が歩み寄る。
「先生!大丈夫なんですか!?」
騎羅畏は穏やかに笑う。
「ええ、大丈夫よ。言ったでしょ、私は『特殊』だって。」

薄暗い部屋の中、荒川未結が部屋の隅に座っている。
不意に部屋の扉が開いて、体が震える。
「荒川未結、迎えに来た」
素気なく放たれた言葉が母親のものではない事に驚き、
声の主に視線を向ける。
黒衣に深紅の髪・・・見覚えのある顔立ち・・・
「安心しろ、私はお前の味方だ。」
そう言って鎖を日本刀で斬る。

拘束から解放された未結は黒衣の少女に言われるまま、少女に着いていく。
「あの、貴方は誰?何処に連れていくの?私はこれから如何なるの?」
「質問が多いぞ。」
冷たく放たれた言葉に眉をひそめて訴える。
「じゃあ、せめて名前だけでも教えてくださいよ」
未結の言葉に溜息交じりに答える。
「天音殺鬼だ。これで良いだろう?さっさと来い」
そう言って連れて行かれたのは泡海ヶ原公園だ。
深夜なので人が居る訳も無い。
不気味なほどの静寂に辺りを見渡す未結に新たな声が聞こえる。
「こんばんは、荒川さん」
「え!?」
声のした方向には誰も居ない。
「殺鬼、彼女にあれを。」
「解っている」
殺鬼の腕が未結の腹部に突き刺さった。
「な!?」
そしてそれが勢いよく引き抜かれたときだった。
痛みも傷も無く、只さっき其処に居なかった人物が見えるようになっていた。
「こうして話すの、初めてだよね。」
「儚射君?」
「覚えててくれたんだ~嬉しいな~」
黒寿と未結の遣り取りを静かに見つめる殺鬼。
「実はね、今日は荒川さんに大切な話があってね」
「大切な話?」
「うん。今の御母さんの事、荒川さんは好き?」
「・・・それは・・・・昔は好きだった・・・でも・・・今は怖い」
途切れ途切れにそう言うと、黒寿の言葉が降って来る。
「じゃあ、居なくなっても良いよね?」
黒寿の言葉の意味が理解できず「うん」と返す。
その時、黒寿の口が笑みを作った事に、未結は気付かなかった。

誰も居ない薄暗い部屋に怒声が響く。
「未結!未結ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!何処なの!?未結っ!!」
物を投げつけ、部屋中を荒らす。気が狂ったように発狂しながら部屋中を探す。
すると突然其処に黒い影が現れた。
「貴様の娘はもう居ない」
「誰!?」
其処に居たのは黒いドレスを見に纏った少女だった。
それはまさしく迷砂だ。
「貴様の娘は貴様が消える事を望んでいる」
「そんな訳ない!そんなの嘘よ!
如何して!?如何して皆私の邪魔をするの!?」
女は髪を搔き毟って尚も叫ぶ。
その悲惨な姿に無表情に言う。
「哀れだな」
「!?」
迷砂は右手を振り上げ左手の袖に忍ばせる。
引き出された時、右手に握られていたのは巨大な斧だった。
「な、何!?」
状況が理解出来ず目を丸くする女に一言告げる。
「死神には死神の大鎌と特殊能力が存在する。
大鎌の形、死神の特殊能力はそれぞれ違う。
私の場合、この斧が死神の大鎌だ。そしてこの大鎌の能力・・・・」
そう言いながら女の頭上から斧を振り下ろす。
見事に真っ二つに切れた。
だが女の意識はハッキリしており、悲痛な声を上げる。
「ひっあ・・・・や・・・だ・・・・」
「この大鎌で斬り捨てた者はこの世の輪廻から除外され、
来世生まれ変わる事は出来ない。
文字通り『消失』するのだ。永遠の闇へ・・・」
その言葉ともに女の体が歪にくねり、欠片となって崩れ、消えていく。
そして迷砂もその場を後にする。

翌朝、保健室の扉を未結が開く。
本を読んでいた蓮樹が未結の方を見る。
「荒川さん?」
「堕國君・・・」
未結の顔は真っ赤だった。そして伏せた顔を上げて蓮樹に近づく。
震える心臓の音を抑えて、蓮樹に視線を注ぐ。
「堕國君、実は私・・・貴方の事、好きなの!」
未結の言葉に驚くが、一瞬でその表情が消える。
「・・・御免、僕にはそういうの良く解らないんだ。
こんな中途半端な気持ちじゃ荒川さんを傷付けるだけだと思う。
それに荒川さんにはもっと良い人が居ると思うよ。御免ね」
蓮樹の言葉に涙を浮かべつつ笑顔で答える。
「ううん、私の方こそ御免」
そう言って未結が保健室を立ち去ると背後から紅実が問う。
「如何して断ったのですか?」
「僕は、疫病神だから・・・・」
「そんな事ない!疫病神は他の人の事、心配しないです!!
蓮樹は優しい、素敵な人です!!」
「紅実・・・」
とん。
蓮樹の方がぴくりと跳ねる。
「如何したんです?」
「・・・・音がする」
「音?」
そう訊き返したときだった、紅実の体が震えだす。
「紅実?」
「く・・・る・・・・・来る・・・・・」
「来るって、何が?」
「来る・・・そ・・・・さ・・・い・・・・・・が・・・・く・・・る」
途切れ途切れの声に呼応するように『音』が近づく。
「こんな所に居たんだね、紅実」
壁から青い髪の少年が現れた。
それは紅実そっくりの少年だ。
少年が蓮樹の方へ歩み寄る。
「初めまして、鬱海蒼裁(うつみそうさい)と言います。」
緊張が走る。

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一ヶ月前、泡海ヶ原学園に大勢の新入生が校舎に向けて歩く。
薄い桃色の長髪を靡かせて堕國蓮樹がクラス表を眺めている。
自分のクラスを確認すると教室まで歩き出す。
教室に入ると既に何人かの生徒は席に着いていた。
蓮樹も座席表を見て自分の出席番号と席を確認すると其処に座る。
少しして教室は生徒で一杯になり騒がしくなる。
蓮樹は担任教員が来るまで持ってきた小説を読んで待った。
暫くすると担任教員が教室に入って来た。
「皆さんおはようございます!今日から皆の担任になった江藤と言います!」
元気の良い挨拶にクラスの緊張が解けた。
「僕はまだ君達の事は知らない。だから自己紹介をして欲しいんだ!」
唐突に自己紹介をしろと言われてクラス中が騒ぎ出す。
「えー!じゃあ先生が御手本見せてよー!」
女生徒が担任にそう言うと困ったような顔をして「よし」と言って自己紹介を始めた。
「じゃあ、改めて自己紹介するぞ。江藤充明(えとうみつあき)だ!
趣味はスポーツ!苦手な事は暗算だ!覚えとけよー!」
クラス中が再び騒がしくなる。
「じゃ、荒川から順番に自己紹介をしてくれ!」
そう言うと荒川が席を立ち、口を開く。
「荒川未結(あらかわみゆ)です。宜しくお願いします!
趣味はピアノです。苦手なものは・・・運動かな。」
荒川の自己紹介が終わると次の生徒が立ち、自己紹介を始める。
「井上樹史(いのうえたつし)です!趣味はゲーム!苦手なものは勉強です!」
井上の自己紹介にクラス中が爆笑する。
そうしている内に蓮樹の番になった。
蓮樹は席を立つと一息ついて自己紹介をする。
「堕國蓮樹(だこくはすき)です。趣味は読書、苦手なものは人混みです。」
蓮樹の言葉はまるで群れる事を拒絶するかのようなものだったが
誰もそこは気にせず文系男子だと言う事を認識する。
そうしている内に自己紹介も終了し、一旦休憩時間になる。
蓮樹は本の続きを読もうと本を開く。
「堕國君」
呼ばれて声のする方を見る。女生徒が自分の席を取り囲んでいる。
どうやらさっきの自己紹介から文系男子という
知的なイメージを抱いているようだ。
「何かな?」
「さっき自己紹介で読書が趣味って言ってたでしょ?どんなの読むの?」
「ミステリーとかホラーかな。」
「えー意外!堕國君って爽やかなイメージが
あったから学園物とか好きだと思ったのに」
「学園物も好きだけど、でもミステリーとかホラーの方が少し上かな」
「でもミステリーが好きっていうのは何か解るかも!」
「うんうん。名探偵見たいだし!堕國君ってミステリアスだし!」
「そう?」
ふと疑問が浮かぶ。如何してこの子たちは
自分にそんなイメージを抱いていたのか?
初めて話した筈なのに・・・・
「ねぇ、君達、如何して僕の事知ってるの?さっきの自己紹介だけじゃ
そんなイメージも持たないと思うんだけど・・・」
「あーやっぱ私達の事知らなかったんだ。一寸(ちょっと)残念」
「実はね、私達小等部の時からクラスが一緒で良く校舎を歩きまわってたんだ。
そしたら図書室で本を読んでる堕國君を見つけたの!
名前とかは知らなかったけど、それ以来図書室に良く行く様になったんだよ!」
そういえば確かに小等部に居た頃昼休みや放課後に図書室に行っていた。
それというのも本を読むのが楽しいからだ。
図書室は蓮樹にとっては天国だった。
静かで人混みも無く、本だけが沢山ある・・・それが自分にとって快適な空間だった。
「そっか。じゃあ結構前から知ってたんだね。」
「うん!途中追っかけみたいになったけど、ストーカーじゃないよ!」
そう言うと同時にチャイムが鳴る。
「あ、そろそろ戻るね!また後でねー」
そう言って自分の席に戻って行く。
本を読む事が出来なかったがクラスメイトと話せた。
それは初めての事だった。
今迄自分から話しかけた事も無ければ話しかけられた事も無かったからだ。
自主的に話しかけないのは自己防衛なのかもしれない。
本を読んでいれば何も悩まずに済む、そう考えると人付合いが面倒に思えたのだ。

入学式から3日目、漸く授業が始まった。
読書が趣味なだけに国語は得意だった。
休み時間、女生徒が話す声が聞こえた。
「ねぇ知ってる?泡海ヶ原神社の幽霊の話!」
「えー私幽霊とか無理ー!」
他愛のない話だ。最近泡海ヶ原神社で心霊現象が起こるらしい。
興味はあるが深夜徘徊などするよりも他の事に時間が使いたかった。
不意に女生徒が蓮樹に話しかける。
「ねぇねぇ!堕國君は幽霊とか怖い?」
唐突な質問に即答する。
「幽霊は怖くないな。幽霊よりも人間の方が怖いと思うよ。」
「え、じゃあ堕國君は私達の事怖いの?」
不安そうに尋ねる。
「ううん。君達みたいな子は怖くないよ」
「良かったー」
安堵の声が上がる。

体育の時間、蓮樹は体育着に着替え、グラウンドへ向かった。
春風の冷たさが僅かに伝わって来る。
この時、全てが狂いだす。
グラウンドを走っていると不意に眩暈がした。
大した事はないだろうと油断したのが間違いだった。
グラウンドを走っている最中、蓮樹はその場で倒れたのだ。
「堕國君!?」
生徒達が蓮樹を取り囲むように集まる。
その中の一人が蓮樹を抱きあげ保健室まで連れて行く。
「先生!堕國が倒れました!」
保健室の扉を無遠慮に勢い良く開くと保健室の教員がこちらを振り向く。
蓮樹は男子生徒の腕の中で尚も苦しそうに悶えている。
「堕國君をベットに寝かせて。貴方は授業に戻りなさい」
「はい」
男子生徒は蓮樹をベットに寝かせるとその場を去った。
数分後。
「あれ?此処は?」
「保健室よ」
訊き慣れない声に驚く。
「こんにちは。堕國蓮樹君。」
「こ、こんにちは・・・」
状況が今一理解出来ずにいると保健室の教員が自己紹介を始めた。
「初めまして、騎羅畏真珠(きらいまじゅ)よ。保健室の教員をしているの」
「騎羅畏先生・・・」
「そうよ。貴方は授業中に倒れたの。クラスの男子生徒が貴方を
此処まで運んでくれたのよ」
「そうですか・・・」
すると騎羅畏の表情が真剣になった。
「貴方、体が弱いみたいね。運動とか苦手?」
「はい・・・」
「堕國君、明日から保健室に来なさい」
「え?」
突然の事で思考が停止する。
「このままクラスに戻っても、また倒れたりしたら他の人に迷惑でしょ?
此処なら私も直ぐに助けられるし、貴方も楽だと思うの」
ほんの少しの沈黙。騎羅畏の言いたい事は解った。
「勉強なら私が教えるから。ね?」
「・・・解りました。明日から此処に来ます。」
こうして蓮樹の保健室通いが始まった。

そして今に至る。
あの日以来保健室に通っている為、教室には一切入っていない。
あれから一カ月も経つのかと思う。教室で過ごした4日間が懐かしい。
蓮樹は騎羅畏から朝の検温を義務付けられ毎日のように体温を測っていた。
他の人の平均よりも体温が低いので蓮樹の中では35度が平均だった。
ピピッと体温計の音が響く。脇に挟んでいた体温計を取り出す。
矢張り(やはり)、35度と表示されている。何時もながらの低温だ。
確かに保健室に通い始めて気は楽になった。だがそれ以上に・・・・
「退屈だ」
正直な気持ちがそれだった。此処には勉強する以外何も無い。
本を読むのは楽しいが此処に置いてある本は1週間程度で全て読み尽した。
家にある本、新たに購入した本も既に読み終えている。
読書が趣味なだけに読む速度も速かった。
それだけに直ぐ読む本が尽きてしまう。
そんな蓮樹の最近の楽しみは自分の考えた小説を書きつづる事だ。
不意に背後に気配を感じる。
「誰?」
誰も居ない筈の保健室から声がした。
「また本を書いてるの?」
「君は誰?」
「・・・僕は人ならざる存在・・・・」
「人ならざる・・・・?」
「そうです。僕の声が聞こえると言う事は、僕が見えるのですか?」
実際保健室には蓮樹しか居ない筈だ。まだ騎羅畏は職員会議で此処には来ない。
それなのに聞えるこの声は何なのだろうかと疑問を抱く。
「君の声は聞こえるけど、姿は見えないよ」
「見て」
「え?」
唐突に要求され言葉に詰まる。
「僕を見て下さい。」
「でも、見えないよ」
「大丈夫です。見えないのなら見えるようにしてあげます」
その言葉とともに蓮樹の首元に見えない何かが触れた。
それは人間の腕のようで、蓮樹の首筋を撫でる。
すると何かの衝撃に体が跳ねる。
「もう、見えるでしょ?」
「君は僕に君の何を見てほしいっていうの?」
「僕の、全てを見てほしいです・・・」
そう言って暗がりから声の主が姿を現す。
丈の短い着物に切り離された袖、長い朱色の髪。
腰まで伸びた髪は二つに結い分けられていて、三つ編みにされている。
露出の多い服装に目のやり場に困ったが、声の主の眼だけを見る。
「そ、そんなに見ないで。恥ずかしいよ・・・」
声の主は目を伏せ、頬を赤らめる。
「あれだけ見てって言ってたのに?」
「だって・・・」
言葉に詰まったのか少女は黙り込む。
沈黙を破ったのは蓮樹だ。
「君、名前は?」
「鬱海紅実(うつみぐみ)です。君は?」
「堕國蓮樹」
自己紹介を終えると蓮樹は再び紅実に問う。
「君は、人間じゃないよね?何者?」
「そうですね・・・僕は人間じゃない。でも僕を感じられる蓮樹も普通じゃない」
紅実のその言葉に蓮樹の口調が荒れる。
「君を感じてたから普通じゃない?見えるようにしたのは君じゃないか!!」
怒りの混じった声に紅実の体が跳ねる。
「ご、御免なさい!蓮樹を怒らせる心算で言ったんじゃないです!」
申し訳なさそうに謝る紅実の姿に罪悪感を感じたのか蓮樹も謝る。
「それで君が僕を選んだ理由は何?その目的は?」
「僕が蓮樹を選んだのは蓮樹が僕を感じ取ってたからです。
普通の人間であそこまで僕を感じられる人はあんまり居ないから・・・
だからもっと強く感じて貰えるように少しずつ近付いて行ったんです。
そうした理由は、大切な人が突然居なくなったからなんです」
「人探し?」
「はい。でもその人が何故居なくなったのか、手掛かりも何も無くて彷徨ってたら
蓮樹を見つけたんです。」
「つまり僕に人探しを手伝って欲しいって事?」
「はい。駄目・・・ですか?」
少し考え込むと一息ついて答える。
「良いよ」
「本当ですか!?有難うです!」
「それでその人の名前とか特徴は?」
「名前は-・・・」
紅実がそう言いかけた時保健室の扉が開いた。
「堕國君?」
保健室に騎羅畏が入って来た。職員会議が終わったのだろう。
「独り言なんて珍しいわね。悩み事?」
「いいえ、何でも無いです」
騎羅畏に心配をかけるわけにはいかなかった。嘘を吐きたくはないが仕方なかった。
不意に騎羅畏の表情が曇る。
突然猫背になり、蓮樹を覗き込むように上目遣いで見詰る。
前髪の隙間から見える目には狂気が満ちていた。
「本当に?」
その言葉とともに背筋に冷たい汗が流れる。
「え!?」
ゆらりと不安定ながらにも蓮樹に歩み寄る。そして・・・
「堕國君、私に嘘吐いてない?隠し事、してない?」
騎羅畏の探りを入れる様な口調に肩が跳ねる。
「嘘なんて・・・吐いてません・・・」
そう言うと騎羅畏の手が蓮樹の首にかかる。
「私だけよ・・・貴方を救えるのは・・・」
そう言って蓮樹の首を絞めてくる。
「うっぐ・・・!」
突然の事に混乱する。すると騎羅畏は満面の笑みを浮かべて顔を近づけてくる。
「私と堕國君の仲じゃない?遠慮しないでよ。私だけよ?貴方を救えるのは・・・・
だから・・・ね?言ってよ?ね?ねぇ!!!」
言葉が荒くなる。紅実が目に涙を浮かべ触れられない手で止めようとした時・・・
キーンコーンカーンコーン。
1限が始まるチャイムの音で騎羅畏の目から狂気が消える。
「あら?私、今何してたのかしら?」
ドサリと何かが崩れ落ちる音がして視線を落とすと其処には蓮樹が倒れていた。
「堕國君!?」

「あれ?」
蓮樹は保健室のベットに寝かせられていた。
上体を起こすと直ぐ傍で紅実が泣いていた。
「蓮樹・・・」
涙でぐしゃぐしゃになった紅実を見詰てふと思い出す。
「僕は、先生に首を絞められて・・・そうだ、先生に殺されかけたんだ・・・・」
思い出しただけで鳥肌が立つ。すると・・・
「堕國君?大丈夫?」
閉まっていたカーテンを開き、中を騎羅畏が覗きこむ。
そして蓮樹の中で溜まっていた恐怖が溢れ出す。
「もう止めて(やめて)下さい!口答えしませんから!だからもう許して下さい!!」
蓮樹の心の叫びに騎羅畏が戸惑う。
蓮樹は自分に怯えている事に気付き、優しく抱き締める。
「堕國君、落ち着いて。大丈夫だから」
何時もの優しい騎羅畏だ。少し落ち着いた蓮樹が「はい」と返す。
蓮樹が落ち着いた事を確認すると騎羅畏は再び蓮樹と向き合う。
「今、学校内で怪奇現象が起こっているの。」
「怪奇現象?」
復唱する蓮樹に騎羅畏は頷く。
「最初は生徒が作った噂話だろうと思って信じてなかった。
でも・・・そうじゃなかった。」
「じゃあ、実際に起こったんですか?」
「ええ。最初は窓硝子に罅が入る程度だったけど、
それが今度は理科室の標本が動いたり
音楽室から不気味な歌声が聞こえたりする様になった・・・それで終われば良かったの」
と言う事はまだ終わっていないという事だろう。騎羅畏の表情が暗くなる。
「落ち着いて訊いてね」
「はい・・・・」
ゴクリと息を呑む。
「貴方のクラスメイトの荒川未結さんが殺されたの」
「!?」
その言葉に絶句した。一ヶ月前はあんなに元気だったのに・・・・
「昨晩、校内を見回っていた教員が理科室に行った時、彼女の死体を見つけたそうよ」
「でも、そんな事・・・」
「今日の朝礼で担任が生徒達に伝えるわ。そして・・・」
騎羅畏がポケットから何かを取り出した。写真だ。
「これが荒川さんよ」
「え!?」
写真に写る荒川未結の姿に絶句する。
それはもう荒川未結という人間の原形を留めていなかった。
首から下の体は無く、片目は刳り貫かれ(くりぬかれ)、口の中に目玉が入れられている。
そして首には彼女の臓物が何重にも巻かれていた。蛆が湧き始めているのも解る。
「そんな・・・」
「荒川さん、強い霊感があったそうね。それで犯人の秘密を知り、殺された・・・
そう考えるのが妥当かしら?」
「・・・殺された・・・」
蓮樹の呟きに目を細め、続ける。
「だから、堕國君にもそんな力があるなら教えてほしいの。
犯人が行動してからでは遅いのよ」
「でも・・・先生に言っても何もならないじゃないですか!
相手は凶悪殺人犯なんですよ!?」
蓮樹の言葉に騎羅畏が微笑む。
「心配要らないわ。私は特殊だから」
「特殊?」
「ええ。だから大丈夫よ。」

帰宅後、蓮樹は事件の事を考えていた。
「蓮樹?」
「紅実・・・」
紅実が蓮樹に近づく。髪を梳くの止めて紅実の方を向く。
「蓮樹はあの人の事信じるですか?」
あの人というのは騎羅畏の事だと直ぐに解った。
「何で?」
「だってあの人は蓮樹の首を絞めたんですよ!?殺そうとしたんですよ!?
あんな人の言う事、信じられないです!!」
「・・・先生は、良い人だよ・・・」
「でも・・・っ!僕は蓮樹が死んだら・・・嫌です・・・・」
泣きじゃくる紅実を抱きよせると落ち着かせるように言う。
「大丈夫、僕は死なないから…」

早朝、天音殺鬼宅。
「ねー今回の事件如何思う?」
黒寿が問う。
「不自然だと思うよ」
黒羽が答えると殺鬼も頷く。
「今回の事件、人間が殺される又は死ぬときに見える
『惨劇の記憶』が見えなかったからな」
殺鬼の言う『惨劇の記憶』と言うのは人間が死ぬときに死神達が垣間見る情報の一つだ。
死神得意の情報吸収能力に何の影響も無いというのは余りにも不自然だった。
「多分、荒川さんは何処かに閉じ込められてるよね。」
黒羽が結論を言うと黒寿が頷く。
「人体偽造とはやってくれるね。共犯者は恐らく彼女だろうね」
黒寿の言葉で共犯者が誰なのか察した殺鬼は脳内でそれに至る過程を思い浮かべる。
「それなら犯人は・・・」

保健室に来た蓮樹は衝撃的な事を騎羅畏から訊かされた。
「それ、如何いう事ですか?」
「そのままの意味よ」
そう言う騎羅畏に疑問をぶつける。
「荒川さんが生きてるって如何いう事ですか!?じゃあ、あの死体は!?」
「あれは偽物よ。荒川さんは何処かで生きてるわ」
「あんなにリアルな死体どうやって用意するんですか!?」
「一人だけあれを作る人が居るの。彼女ならそれが可能だわ。」
「生きてるって、如何して解るんですか?」
「言ったでしょ?私は特殊だって」

薄暗い部屋の中、鉄格子を揺さぶる音が響く。
「出して!出してよ!!」
その中には少女が一人、閉じ込められていた。
それは紛れもなく荒川未結だ。
「・・・未結・・・」
荒川未結の目の前に立つ影が彼女を見下ろす。
濁った眼で彼女を見詰ている。
そして影の人物はにんまりと笑う。不気味に笑う。

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土手に二つの影が向き合っていた。
「皐月御姉ちゃんだよね?」
「・・・刹那・・・なのか?」
殺鬼が「なのか」と訊くのは殺鬼として刹那に会ったのが初めてだからだ。
刹那は殺鬼の言葉に疑問すら抱かず上目遣いに殺鬼を見上げて笑う。
「私の事覚えてるの!?嬉しいなー」
「ああ、勿論だ。」
一瞬、殺鬼の言葉遣いにに違和感を覚えたがこんなに似た人物が他に
居るわけがないと思った刹那は殺鬼に歩み寄り不安げな表情で殺鬼を見上げる。
「私ね、御姉ちゃんは私と御母さんが嫌いになったから、
だから出て行ったんだと思ったんだけど・・・」
刹那の言葉に一瞬黙り込む。
確かにあの家を出て行ったのは母親と居たくないからだ。
刹那を連れて二人で暮らす事も出来たが死神の仕事をしている為
不審に思われるだろうと思い一人であの家を出て行ったのだ。
「そんな訳無いだろ。母さんは兎も角、刹那を嫌いになる理由がない・・・」
「え?」
刹那の顔から不安が消えていく。
殺鬼が今迄見せた事も無い笑みを浮かべて答える。
「それに刹那は私の大切な妹だ。嫌いになんてならないよ」
さっきまで別人かもしれないと思っていた人物が
一瞬だけ自分の姉であった皐月とかぶった。
刹那の頬が赤く染まる。照れているのか声が震えている。
「本当?私の事嫌いじゃない?」
「ああ、本当だ。だから・・・」
少し間を置いて言う。あの時の言葉を。
「刹那は何も心配しなくて良いんだ」
あの時の言葉を言われてか刹那の眼が見開かれる。
「-え?御姉ちゃん、それ本当?」
途切れ途切れに言うと今度は顔をうつ伏せて飛びきりの笑顔で尋ねる。
「じゃあ、今度の土曜日、遊んでくれる?」
刹那が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。
徐々にそれを理解した殺鬼の頬が僅かに赤くなる。
あの家を出て行った日から顔も会わせていなかった妹が
一緒に遊ばないかと誘ってくれたからだ。
「ああ、私で良いなら何時でも良いぞ」
刹那はさっきよりもより嬉しそうに笑う。
「じゃあ今週の土曜、10時に此処で待ってるね!」
「ああ」
そうして二人は別れた。互いの胸に期待を秘めて。

帰宅後も殺鬼の心には嬉しさと期待が溢れていた。
思えば死神になってからこんなにも心踊らされた事は無かっただろう。
無意識のうちに笑顔を浮かべていた。
刹那と過ごす休日の事を考えると早く朝になって欲しかった。
そんな思いもあってか何時もより早めに風呂に入った。
風呂に入ったと言っても軽くシャワーを浴びただけだ。
寝巻に着替え、軽く夕食を摂った後、奇妙な気配に気づいた。
その気配には覚えがあったが、以前関わった時と明らかに違っていた。
折角風呂に入って夕食も済ませたというのに・・・と内心ぼやいていた。
気配の出所を探ると愛用している黒衣と日本刀を持って気配がする場所へ向かった。

高層ビルの屋上に殺鬼と気配を発していた主が対峙していた。
「お前・・・黒羽か?」
気配を発していたのは紛れもなく黒羽だった。
殺鬼は本人を見た今でも信じられないと言った様子だ。
だが目の前に立つ人物は他でもない闇城黒羽だ。
長い赤髪、細く色の白い肌・・・こんな外見の奴は中々居ないだろう。
昼間よりもより黒い衣装を身に纏い、片手に巨大な鎌を携えている。
「天音殺鬼・・・・何故俺の名を-・・・・ああ、そうだったな・・・」
自問自答すると黒羽は殺鬼を見下ろす。
その目は普段の大きく優しい眼差しではなく、
何もかもを射るかのような細く鋭い眼差しだった。
何より声も口調も違った。声は普段の声を低くしたようなもので、
口調は「僕」から「俺」に変化している。
そんな黒羽に似た存在に再度確認するように訊く。
「お前・・・本当に黒羽か?」
「そうだ」
殺鬼の知る黒羽と今の黒羽はまるで別人だった。
それだけに信じられないのだろう。
もう1度訊く。
「お前は誰だ?」
「さっき自分で俺の名を呼んだだろ・・・俺は闇城黒羽。
歴史に名を刻む死神一族の一人・・・・
召喚式魂破術(しょうかんしきこんぱじゅつ)の継承者・・・」
歴史に名を刻む死神一族?召喚式魂破術?聞き覚えのない単語に疑問を抱く。
「何だそれは・・・死神にも流派が存在するのか?」
「そうだ。死神の技にも流派が存在する。死神と人間に大差は無いからな・・・」
殺鬼は一番疑問に思った事を訊いた。
「普段私達と一緒に居る黒羽は本物なのか?
それともお前が正真正銘本物の黒羽なのか?」
その言葉に黒羽は一瞬考え、そして答えた。
「両方とも外れだ。普段お前達と居る俺も今の俺も正真正銘本物の銘闇城黒羽だ。
お前達の言う二重人格みたいなものだ。」
二重人格?黒羽が?
「お前達の知る『黒羽』は『朝』の『黒羽』・・・・俺は『夜』の『黒羽』・・・
つまり闇城黒羽は『朝』と『夜』で人格が変わるということだ。」
黒羽の言っている事は真実だろう。こんな嘘を吐いても何の意味も無いのだから。
「黒寿はお前が二重人格だという事を知っているのか?」
黒羽の表情が少し暗くなる。
「俺には何とも言えないが薄々気付いているだろうな」
そう言うと続けるように言う。
「言っておくが『朝』の俺は自分が二重人格だとは気付いてないぞ。
気付いていたなら黒寿に相談するだろうな。」
「『朝』のお前はそんなにも黒寿を信頼しているのか?」
「そうだろうな。だが・・・俺は信じてなどいない。
儚射黒寿は何を考えているのか全く解らない・・・・・
『朝』の俺は奴を信じていたが・・・・俺は奴を信じていない」
確かに黒寿は何を考えているのか今一解らないが今のところ死神の中では
一番付き合いが長いという事もあってか信じている部分もある。
「だが・・・黒寿と契約した者の力がどれほどのものなのか・・・それには興味がある」
不意に黒羽が言う。そして更に・・・・
「手合わせ願おう・・・・天音殺鬼・・・・」
「良いだろう」
黒羽の唐突な申し出に即答すると殺鬼は懐から日本刀を抜くと、身構える。
「行くぞ」
そう言うと黒羽は手にしていた巨大な鎌を力強く握る。
「来い」
殺鬼が言うと黒羽が鎌を振り上げ勢い良く床に突く。
すると鎌が光り出した。
そしてそれは床に広がり、其処から人の形をしたものが姿を現す。
ゆっくりと床から現れるそれは人間の女の姿をしている。
徐々にその姿がハッキリと見えた。
長髪黒髪に猫耳が生えていて黒い服を着ている。尻尾も、付いている。
「これは・・・」
「コイツは召喚獣、『猫娘』(ねこ)だ。」
朝の黒羽の召喚していた猫とは明らかに違う。
朝の黒羽が召喚していたのは何の変哲もない猫だが
今の黒羽が召喚したのは人間の女に猫耳を着けたな姿だ。
猫娘の瞳が少しずつ開く。
そして黒羽に歩み寄る。
「御呼びですか?マスター」
「ああ、お前の力を貸してほしい。
あそこに居る死神を倒してほしいんだ。出来るか?」
確認するように尋ねると猫娘はニッコリと微笑み「はい」と答える。
猫娘が向きを変え、殺鬼の方を振り返る。
そして少しずつ歩み寄ってこう告げる。
「主の為に貴方を倒します。天音殺鬼さん」
「ほう・・・」
殺鬼がそう言った瞬間だった。
「え?」
猫娘の首筋に何時の間にか殺鬼の日本刀の刃先が当てられていた。
そしてしれをずらす。すると猫娘の首は呆気なく斬れる。
完全に斬り落とされなかったが頸動脈が完全に切断され、
そこから大量の鮮血が噴出する。
「あ・・・・あ・・・・ぁ・・・・・ああ・・・・・」
猫娘の眼が白目をむき、体は痙攣して震える。
「悪いが私もそう簡単に倒れるわけにはいかないんでな。
黒羽、コイツはもう戦闘不能だ。」
殺鬼の言葉に反応したのか白目をしていた
猫娘の眼がぎょろっと殺鬼の方を見詰る。
「この状態でまだー・・・!?」
殺鬼が言い終わらない内に背に重みを感じて後ろを振り返る。
すると自分の背にさっき斬り殺したであろう猫娘がしがみついている。
殺鬼の肩を確り(しっかり)と掴んでいる。
そしてさっき斬ったはずの首の傷が消えていた。
何が起こったのかと状況を理解しようとする。
「ねぇ、私まだ戦えるよ?だから一緒に遊びましょ?ねぇ?殺鬼ちゃん」
挑発するような口調で囁かれる。
致命傷だった筈の傷口がまるで無かったように消えている。
が、噴出した血は服に付着している。・・・ということは・・・・
「私ね、殺鬼ちゃんと友達になりたいの。だからね・・・もっと抱き締めさせて?」
すると猫娘の髪が巨大な刃物に変わる。
若し自分の考えが正しいなら厄介だ。
以前の天使の時と同じ高速回復。
あの時は直ぐに代替物となるものを見つけられたが
今回の動力源は恐らく黒羽本体だろう。
ならば猫娘の気力を失わせるまで攻撃すれば良いのだが・・・
「くっ!」
確りと掴まれる肩、身動きが取れないこの状態であの刃物で
致命傷を負わされたらこちらの命が危ない。
「うふふふふ・・・後少しですよ主。」
その言葉とともに振り上げられた巨大な刃物が
殺鬼の頭上目掛けて振り下ろされる。
「あ、れ?」
余りの事で状況が理解できず猫娘が口をパクパクさせる。
猫娘の腹部からは血が滴り落ちる。猫娘は視線を自分の腹部へ移す。
すると猫娘の腹部に殺鬼の日本刀が刺さっている。
自分の髪で作った刃物は片手で殺鬼が掴んでいる。
「な・・・・何で?」
「さぁな。詰めが甘かった・・・とでも言っておこうか」
そう言うと殺鬼は猫娘の首筋に片手で掴んでいる刃物を当てる。
ひんやりと冷めた感触に鳥肌が立つ。さっきまで自分の一部だったのに。
「己の作った刃で切り刻まれるが良い」
冷たく言い放つと覚悟を決めたのか猫娘が目を閉じ、涙を溢れさせる。
「・・・・・お前、再生しないのか?」
思いもよらない殺鬼の言葉に閉じていた目を開く。
「え・・・・・?再生はまだ一度しか出来ません・・・まだ、未熟ですから」
猫娘の言葉に少し黙り込む、そして・・・・
「!?」
がくんと猫娘の体が崩れ落ちる。突然何が起こったのかと目を見開くと
さっきまで腹部に刺さった日本刀が抜かれているのだ。
腹から大量に血が流れ若干痙攣をおこしながらも
疑問に満ちた目で殺鬼を見詰る。
「ど、如何して!?何故止めを(とどめ)を刺すのを止め(やめ)たの!?」
言葉が震えている。傷の痛みと動揺で震えているのだろう。
殺鬼は溜息交じりに言う。
「天使や怨霊なら兎も角、弱った同胞を殺すなんて馬鹿げてると思ったからだ」
その時、猫娘の脳内で何かが閃いた。
(同胞、仲間、友達?・・・友達!?)
脳内の思考が絞り出した結論に思わず頬が赤く染まる。
「有難う!殺鬼ちゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
大声でそう言われたかと思うと物凄い勢いで飛びかかって来た。
抱きつくように殺鬼の肩を掴み、涙をためて殺鬼の顔を覗き込む。
「?」
猫娘の行動と言動の意味が理解出来ず半ば混乱していると猫娘が
涙を拭いながら震える声を出して言う。
「私みたいな下僕を友達だなんて言ってくれるなんて・・・」
猫娘の言いたい事を察した殺鬼が猫娘の眼を見据えて言う。
「私は只、当然の事を言ったまでだ。」
ここまでは普通の返答だった。が・・・・
「お前、結構可愛いな」
不意に心の中で猫娘の純粋な思いを可愛いなと思ったのがつい口に出た。
殺鬼の言葉に益々顔が赤くなる。
「殺鬼ちゃ~ん!!」
「うお!?」
猫娘が殺鬼を押し倒す。気を抜いていたせいかあっさりと倒れてしまった。
身を乗り出して猫娘がそっと顔を近づける。
「私、今とても幸せです。だからこの幸せを殺鬼ちゃんにも分けてあげますね!」
「?」
猫娘の行動の意味が理解出来ずにいると猫娘の手が殺鬼の頬に添えられる。
「!?」
体が強張る。一体何をする気なのか?
猫娘の顔が近づいてくる。そして・・・
唇と唇が重なり合う。殺鬼は目を開いたままだが猫娘は目を閉じている。
状況的には少女漫画のキスシーンが当てはまるが
それは女同士のキスという異様な光景だった。
猫娘が唇を離す。
「どう?殺鬼ちゃん、私の思い、伝わった?」
キスをされたのにも関わらず照れもせずこの行為の意味を問う。
「幸せな時は接吻をするものなのか?」
「ええ、そうなん・・・」
「一寸(ちょっと)違うな・・・」
猫娘の言葉を遮って黒羽が会話に割り込む。
「主!?」
自分の使命を思い出すと申し訳なさそうに頭を下げる。
「済みません主!主の願いを叶えられなくて・・・」
すると意外にも黒羽は優しい口調で猫娘に言う。
「いや、良いんだ。俺の望みは叶ったんだから」
「え?」
言葉の意味を理解しようとすると黒羽が殺鬼の方を指さした。
「今、天音殺鬼は倒れているからな」
確かに今、殺鬼は倒れている。
その言葉に驚いた猫娘は混乱しながら再度確認する。
「え?え?倒すってこんなのでも良かったんですか!?」
「ああ。倒れていれば良いんだ」
そんな事で納得するものなのかと殺鬼が考える。
そして黒羽が狙っているのかそうじゃないのか解らない事を言う。
「何よりお前が無事ならそれで良い・・・」
その言葉に更に猫娘の顔が赤くなる。
(強引だな・・・・いや、ベタか・・・)
殺鬼が呆れたように二人を見ていると黒羽が殺鬼の方を振り向く。
「天音殺鬼・・・中々良い勝負だったぞ。
それと、今日の事だが、秘密にしておいてくれ。」
口外する心算は無かったが「ああ」と返しておいた。
付け足すように黒羽が言う。
「それからもう一つ。幸せを分かつ方法は
色々ある・・・それは人それぞれだ・・・また会おう・・・」
それだけ言うとふっと、二人の姿が消えた。
殺鬼は踵を返して自宅へ向かう。

土曜日。殺鬼は木曜日に刹那と再会した場所に立ち尽くしていた。
黒羽の言葉の意味を理解しようとあらゆるパターンを考えていると
聞き覚えのある声が聞えて来る。
「御姉ちゃん!」
息を切らして眉をハの字にする刹那が居た。走って来たのだろう。
「御免、待った?」
「いや、大丈夫だ」
短く言うと行きつけの喫茶店に向かう。
髪を頭の上部で纏めて結んでいるのでさほど暑くも無い。
刹那は短髪なので言うまでも無く涼しそうだ。
喫茶店に向かっている間、刹那が話しかけてくる。
学校での事、友達の事、家での事・・・色んな事を話す。
喫茶店に着くと殺鬼は早々に「ダージリンティーを一つ」と注文し、
刹那も少し合わせるように「クリームソーダ一つ下さい!」と元気よく言う。
座れそうな所を見つけ、其処に座る。
数分後、注文した物が来てそれを口にする。
殺鬼の方からは何を話すわけでもなく刹那を見据えている。
刹那は上目遣いに殺鬼を見詰て口を開く。
「御姉ちゃん、変わったね。」
刹那の言葉に「そうか?」と返す。
「そうだよ!家を出る前はそんなに堂々としてなかったし!
家に居る時だって思い詰めた顔してて苦しそうだったから・・・・
御姉ちゃんが家を出てった日、御姉ちゃんの誕生日だったよね?
御母さん、凄く泣いてたよ?」
刹那の言葉に沈黙する。
あの母親が泣いていた?自分を貶す事しかしなかったあの母親が?
「そうか・・・」
間を置いてそう返す。
喫茶店を後にし、刹那を連れて自宅へ向かう。

自分の部屋の鍵を解錠し、扉を開く。
中は殺風景で唯一自分の趣味として持っているものが大量の本だった。
殺鬼にとって本を読むことはストレスを発散するようなものだ。
刹那は部屋の中を眺めるとあるものに目を奪われた。
それは棚の上にある写真立てだ。中には何の写真も無い。
「この写真立て何も入ってないけど・・・」
「ああ、今それに入れるべき写真が無いんだ」
殺鬼の言葉に刹那の表情が一瞬曇る。
そして不意に殺鬼の方を振り返る。
「じゃあ、私と撮ろうよ!御姉ちゃんが私を忘れないようにさ!」
元気よくそう言う。殺鬼は少し驚いた表情だ。
「私は刹那を忘れたりしないぞ」
「それでも、撮って欲しいの。思い出に・・・ね?」
「そうだな。無いよりはマシだろうしな。」
だがこの言葉に後悔するのはそう遅くは無かった。
「さぁ、御姉ちゃん!笑って!」
「あ、ああ・・・」
カメラ片手に刹那が指示する。殺鬼は若干焦っていた。
死神になってからというもの笑った覚えが無い。
それでも自分なりに頑張ってはみるもののどうも上手く笑えない。
眉間に皺を寄せ、口を引き攣らせ目を誤魔化そうと閉じる。
「せ、刹那・・・もうこれ以上は・・・」
言い終わらない内に刹那が言う。
「御姉ちゃん」
「?」
刹那に呼ばれて閉じた目を開く。
間を置いて、刹那が満面の笑みを浮かべる。
「大好きだよ!」
思考回路が停止する。そして頬が赤く染まる。
かと思うとさっきまで笑えなかった筈なのに自然と笑えた。
「私も刹那の事が大好きだ!」
そう返すと刹那は照れた表情で手早くカメラをセットし、殺鬼の隣に行く。
殺鬼は刹那の頭を撫で、抱き寄せた。
二人が幸せそうに笑うとカメラのシャッターを切る音が聞こえた。

「はぁ~今日は楽しかったな~」
刹那は満足げに写真立てに写真を入れる。
今日はお互いに楽しめた。そして同時に色々な事を学んだ。
刹那が楽しめたのならと、それだけで殺鬼は満足だった。
(大切な妹、掛替えのない存在・・・
壊してはいけない・・・壊されない様に守らなければ・・・
この笑顔を失わない様に・・・・)
そう心に誓った殺鬼は、帰り際、刹那を抱きしめた。

天界。天界総合病院の一室。
ベットに白髪の天使が横たわっていた。
傍には担当医と看護婦が立っている。
「有寿(ありす)の容体はどうだ?」
「はい、大分落ち着きました」
有寿と呼ばれたのは以前殺鬼に重傷を負わされ、
今ベットに横たわっている天使の名前だ。
あの戦いの後、致命傷を負いながらも天界に帰還し
傷を治しているのだ。あの戦いから3日、未だ目を覚まさない。
食事は点滴で栄養分を補給しているので問題ない。
「そうか・・・然し有寿程の天使にあんな重傷を負わせるとは・・・・」
有寿は死神抹殺部隊でも名の知れた天使だ。そこらの天使とは格が違う。
知的で戦闘能力も兼ね備えた天使で他の天使達が羨む存在だった。
「相手は死神ですから・・・
何より人間から死神に成り果てた特殊な死神でしたし・・・」
カーテンが風に靡く(なびく)。それに合わせるように声がした。
「有寿じゃあの死神は倒せないわ」
「!?」
二人が絶句すると声の主はくすくすと笑う。
姿を現した声の主は黒髪に黒い服、外見は有寿に瓜二つだ。
解りやすく言うと有寿の黒く染まった姿だろう。
「お前は有鎖(ありさ)!」
担当医が声を張り上げて言う。
有鎖は不敵に笑う。
「あら、覚えて貰えているなんて、光栄だわ」
その挑発的な言葉に担当医は更に声を張り上げて言う。
「当然だ!お前は-・・・」
そう言いかけた時、ベットに横たわっていて
目を覚まさない筈の有寿が叫んだ。
「姉さん!?」
上体を起き上がらせ、泣きそうな表情で有鎖を見詰る有寿。
「姉さんでしょ?有鎖姉さんでしょ!?」
有り得ない現象に担当医が声を上げる。
「有寿!?」
有寿の意識が戻った事を確認した有鎖がニヤリと笑う。
「久し振りね有寿・・・」
そう言って有寿に歩み寄り、抱き締めた。
「良かった!無事に帰ってきてくれて・・・。
御免ね・・・姉さんも一緒に行けばよかったのに・・・・こんなに怪我して・・・・・」
「い、いえ、姉さんは悪くないです!悪いのは私!
私が弱かったから・・・だから・・・その・・・」
唐突な姉の行動に混乱する。
互いの表情は見えないように抱き締めたのでどんな
表情をしているのかは解らない・・・が、有鎖にだけは有寿の表情が解った。
姉であり、妹の事は何でも知っているからだ。
こうすれば妹は何時も混乱して、顔が紅潮する。
有鎖は抱き締めていた手を離すと窓際に歩み寄った。
「でもこれ以上可愛い妹を傷付けるわけにはいかないわ・・・・
私は神からの指令を伝えに来たの」
「指令?」
担当医と看護婦は顔を見合わせた。
有鎖は続ける。
「神は考えた・・・若し、天音殺鬼の様な人間が増えて、
特殊な死神が増えたら厄介でしょ?
だから全天使にこう命じた・・・『何を犠牲にしても死神を狩れ』と。」
有鎖の言葉に担当医の顔から血の気が引く。
「そんな事、信じられるか!大体お前は-・・・」
担当医の声を遮って看護婦が怒鳴る。
「先生っ!!」
看護婦の怒声に担当医が我に返る。
「済まない・・・」
「有鎖さん、続きは別室で・・・」
「ええ、良いわ。」
看護婦に案内されその場を後にしようとした時だ。
「姉さん・・・・あの・・・・・」
有寿の言いたい事を察した有鎖が有寿の方を振り返って言う。
「言いたい事は解るわ。でも今は怪我を治す方が先よ。
話はそれからでも遅くないわ。」
その言葉に有寿は悲しそうな表情で「はい」と答えた。
「そんな顔しないで。後でちゃんと話すから。」
そう言って有寿の病室を後にした。
(だって貴方は私の大切な妹なんですもの・・・)
そう呟きながら不気味な笑みを浮かべ、有鎖は別室に向かった。

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朝日が昇りかけた教会の前に三つの影が立っていた。
「何で殺鬼と黒羽が一緒に居るの?」
「黒寿・・・」
黒寿が殺鬼と黒羽に投げかけた問い。
殺鬼は表情を曇らせて言う。
「お前の方こそ何故こんな所に居る?大体何故黒羽の事を知っている?」
黒寿の質問には答えず質問し返す殺鬼に困った表情をして黒寿が言う。
「此処に来たのは殺鬼が天使と一緒に出かけたから気になってね・・・
後黒羽の事に関してだけど僕と黒羽は従兄弟なんだ」
「従兄弟・・・成程な・・・」
殺鬼はある事を思い出した。
以前黒寿が殺鬼の為に従兄弟を紹介するといって電話していた時の事だ。
つまりあの時の電話の相手は黒羽だった事になる。
「あの時、お前は黒羽に電話していたんだろう?」
殺鬼の答えに満足したのか黒寿がふふっと笑う。
「その通りだよ殺鬼。殺鬼に死神友達を作って欲しかったから
黒羽に電話したんだけど・・・」
黒寿が楽しそうなのとは対照的に黒羽の表情が暗くなる。
「でも僕が人間界に来る途中幸吸引石を落してしまって・・・・
おまけに幸吸引石を探す為に召喚した猫も逃げるし・・・・
猫を探してたら何故か途中から記憶が途切れちゃって・・・」
(倒れてたからな)
心の中で呟くと黒羽の瞳が見開かれる。
「黒寿から人間界に来ないかって電話がかかって来た時は嬉しくって・・」
「つまり浮かれていたのか」
殺鬼に痛いところを疲れてうっと唸る。
それを中和するかのように黒寿が笑顔で二人に言う。
「でも落し物も見つかったし、猫も捕まえられて良かったじゃん!」
黒羽を宥めるように言うと不意に黒寿が言った。
「そういえば黒羽、住む所あるの?」
「・・・・無い・・・」
黒羽が困ったように言うと殺鬼が仕方ないと呟く。

「-という訳で此処に住みたいという奴が来たんだが、大丈夫か?」
殺鬼は以前と同じ事を管理人に言うと管理人は「勿論です!」と答える。
鍵を貰うと殺鬼は黒羽を指定された部屋に案内する。
「此処だ。今日から此処がお前の家だ。」
「あ、有難うございます!」
黒羽に部屋の鍵を手渡すと殺鬼と黒寿は自分の部屋に向かう。
部屋の扉を開いてから黒寿が二人に言う。
「それじゃ、御休みなさい。」
「ああ」
「ん、御休み~」
二人からの返事を聞くと自分の部屋に入る。
初めて入る人間界の建築物の一角。
死神界とそんなに大差はないのだが心は揺れている。
「今日から此処が僕の家か。さて、今日の準備をするか・・・」
黒羽は懐から泡海ヶ原の学校を調べる。
一通り見てこのアパートの近くの学校を探す。
「泡海ヶ原学園・・・此処の生徒として生活しつつ死神の仕事をしよう・・・」
そう言い終えると黒羽はその場に倒れこんだ。

「もう・・・朝か・・・・」
ボソリと殺鬼が呟く。
帰宅時間が遅かった為2時間の睡眠をとろうと思い床に就いたが
余り寝てないのと疲れがとれていないせいで少しダルかった。
顔を洗って新聞を読み、学生集団失踪事件が解決したことを確認する。
朝食を摂って制服に着替え学校へ向かう。
「殺鬼~」
その声に後ろを振り向く。いつもの元気そうな顔の黒寿が歩み寄って来る。
「黒寿」
「一緒に行こう!」
コイツは疲れるという事を知らないのかと思いながらも一緒に登校する。
黒寿が隣で歩を合わせて歩く。良く考えたらこんな事は初めてだ。
不意に殺鬼が口を開く。
「黒寿、人間が死神が人間になるのは珍しい事なのか?」
黒寿はう~んと考える仕草を見せて答える。
「確かに珍しいね~教科書にも歴史書にもあんまり書かれてないし。」
「あんまり・・・という事はあるにはあるのか?」
黒寿は一瞬悲しそうな表情をした。
「昔、ずっと昔にね神の子と呼ばれるほどの優秀で美しい人間の女の人が居たんだ。
でも彼女は他の人から気味悪がられて迫害されて死神になったんだって。
そして彼女は世界を滅ぼそうとした・・・でも神に倒された・・・」
黒寿はふぅと息を吐いて今度はふふっと笑う。どこか儚げに。
「それ以来死神と神は対立してしまったんだ。
ま、最初から仲悪かったけどね~」
「・・・・・。」
殺鬼の脳内に疑問が浮かんだ。
その人間の契約者についてだ。
契約した相手がそんな騒ぎを起こせば契約相手の死神も只では済まない筈だ。
「その死神の契約者の死神はどうなったんだ?殺されてたのか?」
答えなど解っていた。だが、訊いてしまった。
「うん・・・殺されたよ。凄く屈辱的な方法で・・・。
でも彼は決して彼女を怨まなかった。理由は解らないままだけど・・・」
それ以上二人とも口を開こうとはしなかった。
ここは黙っておくのが得策だろう。
もしも「それはどんな方法なんだ?」などと訊いたらきっと後悔するだろう。
興味本位で訊いてはいけない事くらい解っている。
そうしている内に学校に着いた。

教室に入るとクラスの生徒が騒がしかった。
殺鬼は不愉快だったが黒寿はその状況を楽しんでいた。
担任の教師が教室に入る。生徒が急いで自分の席に着く。
「今日は皆さんに転校生を紹介します。入ってきなさい」
その言葉でクラス中が騒がしかった理由が解った。
また『転校生がこのクラスに来たから』だ。
教室の入り口に立っていた人影が教室に入って来る。
それは殺鬼も絆も黒寿も知っている人物だ。
紅くて長い髪、白く細い体、紅く大きな瞳・・・
「初めまして、闇城黒羽です。宜しくお願いします。」
クラス中の女子の眼がハートになる。

休み時間、思った通り黒羽は女子に囲まれていた。
「闇城君!闇城君は何でこの学校に来たの?」
女子の熱い視線に困惑しながらも質問に答える。
「うーん、そうだね・・・強いて言うなら自立する為かな~」
人差し指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。
その仕草に女子たちが一斉に「闇城君可愛い~♥」と声を合わせて言う。
「って事は若しかして一人暮らし?」
「うん」
「一人って寂しくない?何なら私達がご飯作りに行くよ?」
「有難う。でも大丈夫だから。」
すると黒寿が割ってはいて来た。
「大丈夫だよー黒羽には猫が居るからさ!」
「黒寿!」
女子たちは黒寿の言葉に興味を示したのか機関銃の様に訊く。
「え、闇城君って猫飼ってるの?」
「うん」
「何匹飼ってるの?」
「えーっと・・・」
数秒考える。女子達は黒羽の言葉に目を輝かせている。
黒羽がニッコリと笑って答える。
「20匹かな~」
女子達は目を見開き、驚いた顔をしている。

4限の体育、生徒達は急いで体操服に着替え、体育館へ向かう。
今日はドッヂボールらしい。
男子と女子で別れ、男子は男子でチームを二つ作り試合をする。
女子も同じ様にする。
試合が始まってから男子は絆コールを送っていた。
絆の居るチームはもう勝った気分である。
絆は成績は並みだが運動神経は良い方だ。
なので絆の居るチームは負けるという事を知らない。
チームを決める時の絆争奪戦は凄まじいものだ。
今はジャンケンで決めているが以前は可也手荒な決め方だった為
教員が止めに入った程である。
試合開始の合図とともに先攻の権利を得た絆がボールを片手に標的を見る。
標的が決まってから息を吐くと勢い良くボールを投げると振り上げた腕が
金属バットのようにボールを打ちつける。
標的にされた生徒はまさか自分の方にボールが飛んでくるとも知らず
油断していたせいか呆気なくその一撃を喰らう。
絆が標的を選ぶ方法はランダムの為その一瞬まで誰が標的にされたのか
見当もつかない。
そうこうしている内相手チームは黒寿と黒羽の二人だけが残っていた。
絆のチームは今のところ誰も相手からの攻撃を受けていない。
(あの二人を倒せば俺達の勝ちだな)
絆が確信を持ってそう思うと、ボールを宙に投げて勢い良く打ち込む。
だが黒寿は避けようともせず只そこに立っているだけ。
誰もが絆の一撃で黒寿が倒れると思った。・・・・が。
飛んできたボールを片手で払い、ボールが絆のチームの生徒にぶつかる。
打ち返されられる様な一撃ではなかった筈なのにあっさりと打ち返された。
余りの出来事にその場にいた生徒は皆立ち尽くすばかりだ。
足元にコロコロと転がって来たボールを拾うと黒寿がニヤリと笑う。
「じゃあ反撃させて貰うよ♪」

昼休み。
「もぉー黒寿の馬鹿ぁー!あんな事して正体がバレたら如何するんだよっ!」
黒羽が半泣き状態で黒寿に体育の授業での事について講義する。
だが黒寿は特に気にする事も無く落ち着いた様子で答える。
「黒羽は大袈裟だな~。大丈夫だって。絶対バレないよ」
「でも・・・」
言いかけると黒寿がふぅと息を吐いて言う。
「だから最後は負けてあげたじゃん。
まぁ、バレたらバレたで僕が何とかするけどね・・・。」
その顔は笑ってはいなかった。
「黒寿?目、怖いよぉ・・・」
黒寿がふっと笑って黒羽の額をつんとつつく。
黒羽は「もぉー!」と眉をハの字にして頬を膨らませる。まるで拗ねた子供のように。
ふと思い出したように黒羽が言う。
「あ、でも殺鬼ちゃんは格好良かったよね!」
黒寿は一瞬何の事かと思ったがそれはさっきの体育の時間の時の事だと気付く。
「ああ、体育の時?惚れたの?」
からかうように言うと黒羽は顔を赤らめて首を横に振る。
「ち、違うよっ!」
黒寿は「冗談だよ」と言って黒羽の髪を撫でる。
「だって、ボールが飛んできたら素早くとって相手チームに向かって投げるし・・・
他の誰よりも凛々しくて、真剣だったから・・・」
「んー、真剣って言うより仕方なく遣ってるっぽいけど」

殺鬼が更衣室から戻って昼食を摂ろうとすると黒寿が駆け寄って来る。
「ねぇ殺鬼、御昼御飯一緒に食べよう!」
「ああ」
「じゃ、屋上行こうよ!あそこ落ち着くしさ~」
まぁ良いかと思い屋上へ向かう。
屋上の扉を開くと其処には可笑しな風景が広がっていた。
「これは一体どういう事だ?」
其処には黒羽、真龍、心愛、心が輪を作って座っていた。
死神が集結しているこの場所に異様なものを感じた。
「黒寿に呼ばれた。」
素気なく心愛が答える。続いて心も答える。
「心愛と同じだよ~」
真龍が笑顔で答える。
「私も黒寿に誘われて来たの」
黒羽がもじもじしながら答える。
「僕も黒寿に呼ばれたから・・・」
黒羽達が言い終えると殺鬼は小さく溜息をついた。
そんなことなど気にも留めず呑気に黒寿が言う。
「いや~殺鬼に死神友達を作って欲しくてさ~」
「・・・まぁ良いか」
ボソリと呟くと弁当の蓋をあける。中身が何なのかなどと楽しむ事もなく。
弁当を作るのが自分以外誰もいないのだから中身が何なのかくらい解るし、
楽しみにする必要も無いからだ。
弁当を手早く食べ終わると唐突に問いかけた。
「何故お前達までこの学校に居る?学校なら他にもあるだろう。
そもそも学校に来る理由は何だ?」
機関銃の如く投げかけられる言葉に心が心愛に弁当のおかずを食べさせて
貰いながら答える。
「ん~この学校を選んだのは此処に殺鬼が居るからだよ。」
また監視する気なのだろうかと思ったが以前真龍が単独だと危ないと言っていたのを
思いだし、大体の事は理解した。
「それに、僕等未成年だし。何よりこの『学校』って所は情報収集が楽に出来るからね~」
「死神にとって『情報』は武器だものね」
真龍が付け加えるように言う。
すると不意に心愛の口が開いた。
「それに・・・学生ほど都合のいいものは無いから・・・」
静かにそう言って再び心の口に弁当の中身を運ぶ。
風がざーっと吹き、真龍の髪が靡く。
「ま、あの御気楽な人間の事なんて動でも良いんですけどね」
黒寿がその続きを言う。
「彼等は僕達と違って生きられる時間が短い。
それでも必死に生きようとするのを見てると面白いよね」
人間を哀れみ、嘲笑うかのような表情で黒寿が笑う。
「・・・・」
『人間』という言葉で殺鬼の脳裏に妹、刹那の姿が浮かび上がる。
自分に似て非なる存在。
13歳の誕生日以降全く顔を合わせていない。
殺鬼の何とも言えない表情を見て黒寿が声をかける。
「殺鬼?」

放課後。生徒達が水槽から解放された魚のように校舎から出ていく。
殺鬼は学校の裏庭の木の枝に座り込んでいた。
樹齢数百年と言っていただろうか、それは太い枝と細い枝が生え、
逞しく其処にあった。
別にこの木に愛着が湧いたわけではなく、ただこうしていたかっただけなのだ。
赤く染まり始める空を眺め、ふと刹那の事を考える。
今、一体何をしているだろう?
訊くとろによると心愛と心は南校舎の小等部に通っているらしい。
皐月だった頃、小学生時代はあそこに通っていたのだろうと南校舎の方を見詰る。
あの頃はまだ耐えられていたのだろうか?
同じ姿で同じ人間の筈なのに殺鬼は皐月の事が余り解らない。
そもそも自分は皐月が死神として覚醒した事が切欠で生まれた『別人格』・・・
過去の自分の記憶はおぼろげにあるがそれが流石に
皐月がどんな人物だったのかまでは解らない。
死神になった理由は解ってもそれ以外はまるで解らない。
まるで殺鬼の中の皐月が殺鬼を拒んでいるかのような・・・・
そう思うと嘗て人間だった『皐月』に対して苛立ちを覚える。
すると下から声がした。
「天音?」
絆だ。不思議そうに殺鬼を見上げている。
「絆」
「そんな所で何してるんだ?帰らないのか?」
殺鬼はさっきまで脳内を支配していた『皐月』へのいら立ちを忘れていた。
そして木の枝に手を付いて答える。
「別に深い理由は無い。唯・・・少しこうしていたかっただけだ・・・」
枝に座り込んでいた腰を持ち上げると、「もう、降りる」とだけ言って其処から飛び降りる。
高さから察するに着地を失敗すれば大怪我だろう。
絆は「見てねぇぞ・・・」とだけ言った。殺鬼には意味が解らなかったが絆の頬は赤かった。
殺鬼と絆の帰る方向は同じだったため途中まで一緒に帰ることにした。
「絆は何故私を待っていたんだ?」
「待ってたつーか通りかかったから偶々見つけたつーか・・・」
何といえば良いのか言葉に詰まって絆が違う話題を振る。
「それよりさお袋さんとは連絡とってるか?」
その言葉で殺鬼の脳内で皐月が味わった精神的苦痛の言葉が蘇る。
とめどなく溢れ、流れ出す皐月の記憶から悲鳴に似た言葉が流れ込む。
黙り込む殺鬼に不信感を抱いた絆が殺鬼の顔を見て言う。
「天音?どうかしたのか?」
「いや・・・何でもない・・・・」
「そうか?」

帰宅後、殺鬼は自分の中で騒ぎ立てる皐月の意識に浸っていた。
あれだけ探れなかったものが今では手に取るように解る。
そうしていく内一つの記憶の中に潜り込んだ。

家中に響く怒声。刹那は自分の姉と母親とのやり取りを自室で訊いていた。
『皐月!この点は何!?』
母親は片手に持ったテスト用紙を皐月に突きだす。
どうやらテストの点に不満が合ったらしい。
テスト用紙の点数の欄いは85点と書かれている。
怒鳴るほど悪い点ではないのだが母親には不満だったらしい。
皐月は怯えたように謝る。
『ご、御免なさい・・・』
数分後、皐月と母親とのやり取りが終わったのか、隣の皐月の部屋の扉が開く音がする。
刹那は扉をノックする。
『刹那?』
扉を開くと皐月は机にノートとテスト用紙を広げ復習をしようとしていた。
そんな皐月の姿を見てより胸が痛む。
『御姉ちゃん、御母さんの言う事なんて気にしない方が良いよ』
『・・・刹那・・・・』
皐月が努力している事は他の誰よりも刹那が一番知っていた。
それでも母親に皐月の頑張りを説明しても信じて貰えなくて、
それが辛くて、毎日皐月と母親のやり取りが終わると皐月を励ます事しか出来ない。
他に出来る事が無かったからかも知れない。
『御免ね・・・私がちゃんとしないから・・・・』
皐月は消え入りそうな声でそう言った。
刹那にこれ以上心配をかけたくない。
刹那が自分を励ましに来る事は嬉しいが、それ以上に辛かった。
『そんなことない!御姉ちゃんが頑張ってる事は私が良く知ってるから!』
自分の事を心配してくれているのは良く解っている。
それでも・・・・
『有難う・・・でも刹那は何も心配しなくても良いんだよ・・・』
それでも、こんな惨めな姿を見られる事が耐えられなかった。
刹那は少し悲しそうな表情で『うん』と答えた。
『でも・・・私は御姉ちゃんの味方だから。何時でも相談に乗るから!』
『-刹那・・・・』
其処で記憶が途切れた。

「刹那・・・」
そう呟くと気が抜けたのかベッドに倒れ込んだ。
頭がモヤモヤする・・・そう思いながら瞼を閉じる。

気が付くと殺鬼は不思議な空間に居た。
恐らく『夢』の中だろう。
水色の空、透明な地面、見慣れない格好をした自分。
すると背後から声がした。
「殺鬼!」
振り返ると黒羽の縫い包みを抱いた黒寿が居た。
「黒寿?」
「やぁ」
笑顔でそう答える黒寿に歩み寄る。
「黒寿・・・此処は一体・・・」
言い終わらない内に足元が歪む。
「!?」
そのまま歪む地面に呑まれると、まるで水中にでも居るかのような感覚だった。
黒寿が逆さに殺鬼の沈むその中に入るとこの場所の説明をした。
「此処は記憶の水底・・・君の記憶の中さ!」
「私の・・・記憶・・・・?」
ぼんやりと考えていると急に脳内に覚えのない映像が流れ込む。
黒く大きな翼を広げた銀髪の女の後姿、汚い部屋に倒れた銀髪の少女、
血塗れの部屋、金髪の男・・・それが収まった頃には夢から覚めていた。
(あれは・・・私の記憶じゃない。あれは一体何だったんだ・・・・
黒い翼・・・死神なのか・・・あれは・・・・)
制服に着替え、学校に向かいながらもその事を考える。
「何してるんですか?」
背後から声をかけられ我に返る。
何時の間にか花を握りしめていた。急いでそれを離す。
「いや、何でもない。」
「花、好きなんですか?」
「いや、別に」
そう答えると少年はニッコリと笑って「そうですか」と言って半眼状態でこう言った。
「僕は好きだな。花は、裏切ったりしないし・・・・」
「・・・・・・」
少年の言葉に目を細める。
「-と、そろそろ行かないと!それではまた!」
「・・・ああ」
少年の制服、そういえば自分と同じ学校の制服だったなと思いながら学校に向かった。

「殺~鬼!暇だよ~」
殺鬼の頭に黒寿が顎を載せて詰まらなそうに言う。
「生憎私は暇じゃない」
素気なく答えると頭の上で黒寿が唸る。
というのも午後は教員たちの会議がある為全生徒の5限と6限が自習だからだ。
そのせいで黒寿は可也暇だった。
「殺鬼は何で暇じゃないの~?」
重い・・・と心の中で呟きながらダルそうに答える。
「テスト近いだろ。一応勉強してるだけだ」
「へぇ~」
感心の声が上がる。
正直、暇潰しに勉強以外の事が思い浮かばなかったから勉強をしているだけだった。
本を読むというの事も出来たが今日は本を持ってきていなかった。
「でも皆遊んでるよ~」
黒寿がなおも詰まらなそうに唸っている。
「お前、若しかして構ってほしいのか・・・・?」
「うん!!」
元気一杯に答えられ脱力状態で「そうか・・・」と返す。
絆と黒羽を呼んで何かしようと考えたが、季節的に暑い事もあってか
怖い話をする事になった。
死神が怖い話をすると言う事に疑問を抱いたが突っ込む気力もなかった。
「すると彼女は見てしまった・・・彼が隠していた秘密を・・・」
虚ろな目で殺鬼が語る。
「何と其処には・・・」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
もう止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
黒羽が涙を流しながら叫ぶ。
「ちょ、闇城!?」
絆が驚いた表情で黒羽を見る。
「大量の女装グッズが出てきたんだ・・・」
殺鬼が話の続きを言うと顔色がより悪くなった黒羽が更に涙を流す。
「続き言わないでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
騒ぐなと黒羽の耳元で殺鬼が囁く。
呆れ気味の絆が溜息交じりに訊く。
「つーか闇城はどの辺が怖かったんだよ?泣くほど怖いか?」
絆の問いに涙目で答える。
「最初から最後まで全部です・・・」
如何反応すれば良いのか解らず黙り込む。
「黒羽ってば本当面白い反応するよね~」
黒寿がからかうように言う。
「殺鬼~続き!続き!!」
黒寿の言葉にぞっとした黒羽が泣きながら「止めてよ~」と懇願する。
殺鬼が溜息を吐いて言い放つ。
「後5分で授業終わるぞ。」

校長室の外、廊下で青い髪の少年が窓の外を見ていた。
「氷室、何してるんだ?」
教員の声に目を細めながら答える。
「いえ、何でも・・・それより行きましょう」
そう言って二人は校長室に入って行った。

昇降口、殺鬼は上履きを下駄箱に入れようとしていた。
「殺鬼!もう帰るの?まだ16時にもなってないよ」
黒寿は不思議そうに言った。昨日あんな事があったのに一人で帰るからだろう。
「ああ。今日は・・・何と無くだ」
「そっか!それじゃまた明日!」
「ああ。」
歩き出そうとしたその時・・・
「殺鬼!」
黒寿の方を再び振り返るとさっきの表情は消え、真剣な眼差しでこちらを見詰ている。
「天使には・・・天使には充分気を付けなよ!」
「ああ」

帰宅途中、ふと歩を止めて空を見上げる。
「天使には充分気をつけろ・・・か。」
黒寿の言葉を呟く。
あんな奴でも人の心配をする心があるんだなと思うと、少し笑える。
今朝はあんなにも人間の事を馬鹿にしていたのに。
自分が黒寿の契約者だからそう言ったのかも知れない。
不意に風の音ともに声が聞こえた。
「死神にも多少の慈悲はあるという事だ・・・」
振り返ると其処に立っていたのは心愛だった。
風に長い髪が靡いている。綺麗な小麦色の長髪だ。
「真龍からの伝言。天使が積極的に活動を始めた・・・単独行動には充分注意するように」
「ああ」
さっき考えていた事への言葉は恐らく心愛の持つ読心術だろう。
そう理解した殺鬼に更に言う。
「奴等は私達を消す為なら何でもする・・・人間を犠牲にする事もな・・・」
それは何かを警告すような言い方だった。
「用はそれだけだ。私は真龍の所に戻る。」
「ああ」
心愛が殺鬼に背を向け歩き出す。
殺鬼の中で心愛の言葉が浮かぶ。
(人間を犠牲にしてまでも私達を消す・・・か)
ふと刹那の笑顔が脳内に浮かぶ。
「刹那・・・」
無意識のうちにそう呟くと背後から声がした。
「どうかしたんですか?」
振り返ると今朝出会った少年が首を傾げてこちらを見ていた。
「お前・・・今朝の・・・」
「また会いましたね」
長い髪を右側に纏めて結んでいる。片目は長い前髪に隠されていて見えない。
朝見た時は急いでいて気にしていなかったが良く見ると黒羽と同じくらいの長髪に
色白の肌に細い体・・・髪の色は薄い桃色だ。
「お前、泡海ヶ原学園の生徒だよな」
殺鬼と少年は土手に腰掛けて話していた。
「はい、そうですよ。」
「今日一日、一度も見掛けなかったぞ」
殺鬼の疑問を少年はあっさりと解いた。
「ああ、僕体弱いから保健室通いなんですよ」
殺鬼が一瞬目を見開く。確かに健康的には見えない。
「大丈夫なのか?」
「はい。激しい運動以外なら何とか・・・」
「そうか」
不意に少年が空を見上げて呟く。
「でも何時か僕も皆と一緒に体育したいな・・・」
その顔はどこか悲しげに見えた。
「お前・・・名前は?」
殺鬼が唐突に投げかけた問いにも笑顔で答える。
「堕國蓮樹です。君は?」
「天音殺鬼だ。」
「殺鬼さんですか。」
「蓮樹・・・変わった名前だな」
「良く言われます」
蓮樹が腕時計に視線を移す。
「あ、もうこんな時間・・・」
そう言って立ち上がると殺鬼を見てニッコリと笑う。
「じゃあ僕はそろそろ帰りますね」
「ああ」
土手を立ち去ろうと立ち上がろうとするとまたも背後から声がした。
「御姉ちゃん?」
訊き覚えのある声、そして『御姉ちゃん』という呼び方・・・
心臓の音が激しくなる。ゆっくりと振り返る。
其処に立っている少女の姿を見るとそれは紛れもなく自分の妹、刹那だった。
「皐月御姉ちゃんでしょ?」
殺鬼を見上げる大きな瞳に息を呑む。

拍手[0回]

土曜日の朝、殺鬼は気ダルそうに起きると顔を洗い、
ポストから新聞を持ってリビングに向かう。
今日の新聞の見出しは『学生団体失踪事件』だ。
これは今週末に起きた事件らしいが最初は只の家出か何かの類だろうと
余り気にされていなかった。
だがもう目を逸らせないほどに自体は悪化していたようだ。
失踪した学生の人数が尋常ではないからだ。
しかもそれは同じ時間に失踪するというものだった。
何かの宗教団体に勧誘されたという事も有り得るが、だとしたら不自然だ。
対象を学生にした事、その理由、気になることは山ほどある。
考えながら冷蔵庫から牛乳を取り出そうとして気付いた。
牛乳が切れている。
「・・・仕方ない」

アパートの近くのスーパーで買い物籠を片手に目的のものを探す。
昨日の心との出来事で頭が一杯だったせいか同じところをグルグルと回っている事に気付く。
気にしすぎだろうか?そう思っても頭にこびり付いて離れなかった。
それよりも朝の牛乳を飲めなかった事が自分の中で許せなかった。
朝起きたら朝食の前に牛乳を飲むのが自分の中で義務付けられていたからである。
本当は昨日の仕事が終わった時、帰宅時に買って帰ろうと思っていたが
心との出来事が余りにも強烈で牛乳を買って帰るのを忘れていたのだ。
暫く歩きまわると目的のものを見つけ、買い物籠に入れようとした時だ。
「天音!?」
「!?」
一瞬名前を呼ばれたことに驚くが何時もの愛想のない表情で振り返る。
「絆・・・何故此処に・・・」
「買い物してるんだよ。何故って・・・」
絆の買い物籠の中には大量の菓子、それに生活必需品などが入れられていた。
「天音は何買ったんだ?」
「牛乳だ」
「それだけ?俺は聖の菓子とか生活に必要な物とかだ」
見れば察しはついたが敢えて「ほう」と答えた。

スーパーを出て殺鬼と絆は自宅に向かって歩き出す。
「あれから何か変なことはあったか?」
あれからというのは幸吸引石を殺鬼が持ち帰ってからの事だ。
「いや、あの後は変なことも起きてないな」
その言葉に安堵していると不意に殺鬼が「あ。」と声を出す。
「?どうかしたか?」
絆が殺鬼の方を見て尋ねると。
「アレ・・・」
「アレ?」
殺鬼の視線の先を絆が見ると其処には長髪の少年が倒れていた。
「人が倒れてる」
絆が茫然と呟く。
「取り敢えず安全なところに運ぶか・・・」
絆の言葉に同意するように「そうだな」と言って少年に近づく。

「う・・・・・・ん・・・・・・」
少年が目を覚ます。
見慣れない風景に朦朧と思考を巡らせる。
「此処は・・・何処だろ・・・・?」
虚ろな目を開き辺りを見回す。
「僕は・・・一体・・・」
すると隣から声が聞こえた。
「目が覚めたんだな」
その声に驚き少年の体がビクリと跳ねる。
「え!?」
声のした方を見ると金髪の少年がこちらを見ていた。絆だ。
「よっ」
混乱した少年は絆に尋ねる。
「え、えっと此処は君の家・・・なのかな?」
絆は横に首を振る。
「いや、違うな」
短く答える。すると唐突に言葉を放つ。
「お前、道端で倒れてたんだぞ。」
「え?って事は君が僕を運んでくれたんですか!?」
またも首を横に振る。
「いや、お前を運んだのはこの家の主だ。因みに女だ。」
「え!?」
衝撃的だったのか声をあげて驚く。
「普通女が男を運ぶなんて信じられないけどな。」
落ち着いた様子でそう言う。少年は想像した。
その自分を運んだ少女というのは物凄い筋肉の持ち主ではないのかと。
「え?じゃあ凄いマッチョな人なんですか!?」
思った事をそのまま口にした少年に絆は目を丸くして答える。
「いや、結構スリムだぞ。」
不意に扉をノックする音が聞こえた。
「絆・・・入るぞ」
「ああ」
その時、少年の思考は自分を運んだという少女がどんな姿なのかを想像していた。
(えぇぇ!?スリムなマッチョって一体どんな・・・想像できないよ~
てゆうかそれはそれで怖いよ~!)
少年の心配をよそに殺鬼が部屋に入って来る。
「取り敢えず家にあるものを持ってきた」
「充分だ!」
(え?)
少年の目が見開かれる。
「ん?どうした?」
絆が尋ねる。
「え!?想像と違う!結構細い!!」
「いやだからそう言っただろ・・・」
二人のやり取りが何なの事かは解らなかったが恐らく自分の体格の事を
言っているだろう事は理解出来た。そして少年に冷たく言い放つ。
「お前・・・人の事言えるのか?」
「うぇ!?」
殺鬼は片手に持った盆を机に置くと少年を見据える。
「まぁ、取り敢えず・・・・」
間をおいて盆に載せていたチーズケーキを少年に押し付けて鋭い眼差しと低音で言う。
「先ず、喰え」
「は、はい・・・」
その言葉に少年は大人しく従う。
チーズケーキを食べる少年に絆が質問する。
「-で何であんな所に倒れてたんだ?」
少年は考え込む仕草を見せると暫く考えてこう答える。
「解らない・・・何も覚えてないんだ・・・」
絆は別の質問をする。
「じゃあ名前は?」
「黒羽です・・・だったけ?」
「お前・・・最後のだったけ?って何だ・・・・」
呆れ気味に絆が言うと黒羽はむぅーっと困ったような顔をしてフォークを咥えて考え込む。
殺鬼がふぅと溜息を吐いて絆に視線を送る。
その視線に気づいてか絆が次の質問をする。
「他に何か覚えてないのか?」
黒羽が困ったように殺鬼と絆を見る。
「あの、君達の名前・・・は?」
顔を見合わせて「ああ!」と言って自己紹介をする。
「私は天音殺鬼だ。」
「殺鬼さんって呼んで良いですか?」
「構わない。」
「俺は草凪絆だ。絆で良いぞ。」
「あ、はい。」
自己紹介を済ませると殺鬼は事情を聞こうと口を開く。
「さて、話を戻すか・・・。」
「あ、はい・・・」
さっきの質問の答えを虚ろな思考を巡らせて答える。
「実は僕、猫を探してるんです」
「猫?」
絆が目を細めて訊く。
「猫ってその辺でニャーニャー鳴いてるあの猫か?」
すると黒羽が首を傾げて静かに答える。
「はい・・・でも僕の探している猫は只の猫じゃないんです・・・」
絆が再び黒羽に訊く。
「血統書つきの猫なのか?」
再び首を傾げ、今度はうーんと唸っている。
「まぁ、そんな感じです。」
『そんな感じ』という言葉に殺鬼は違和感を感じた。
それにこの黒羽という少年に対しても少なからず違和感を感じた。
黒羽が不意に震えた声でその猫についてぽつぽつと説明し始めた。
「僕にとってとても大切な猫なんです・・・若し何かあったら僕は・・・僕は・・・」
黒羽の瞳から涙が溢れ出す。
たかが猫如きでこんなに泣くのだろうかと思いながら殺鬼が冷たく言い放つ。
「解ったから泣くなよ。男だろ?」
「す、済みません」
絆が考える仕草を見せて何かを思いついたように二人に言う。
「何なら俺達も猫探すの手伝おうか?」
絆の言葉に涙を拭っていた黒羽の手が止まる。
「え?」
大きな瞳をパチパチと瞬かせながら上目遣いに訊き返す。
「良いんですか?」
「ああ。別に良いぜ。天音も良いよな?」
絆が訊くと短く「ああ」と答えた。
するとまた黒羽の瞳が涙を溜める。
「あ、有難う御座います!」
勢いよくペコリと頭を下げる。殺鬼が溜息交じりに冷たく言う。
「解ったから泣くな」
黒羽が涙を拭い息が落ち着くと殺鬼が腕を組んで猫の特徴を訊く。
「・・・で、どんな猫なんだ?手掛かりがなければ探せないからな。」
すると黒羽がもじもじとしながら殺鬼に訊く。
「あの・・・紙とペンを貸してくれませんか?」
殺鬼の眉毛がピクリと動く。紙とペンをどうするのかそれは大体想像できる。
取り敢えず机の引き出しから紙を一枚とペンを一本取り出して黒羽に渡す。
黒羽がすいすいと紙の上でペンを躍らせる。
それは徐々に形をなし、何を描いているのかハッキリと理解出来た。
「出来ました!」
黒羽が描き終わった紙を殺鬼と絆に見せる。
差し出された紙に描かれていたのはいかにも漫画に出てきそうな緩い猫の絵だった。
「こんなのです!」
黒羽は満足していたが殺鬼も絆も余りの衝撃に黙り込む。
確認の為殺鬼が再度黒羽に尋ねる。
「本当にこんななのか?」
「はい!」
自信満々に答える。さっきまでのオドオドしていたのがまるで嘘のようだ。
絆が二人に言い聞かせるように言う。
「兎に角探そうぜ。此処でこうしてても仕方ないし。
俺、猫の集まりそうな場所幾つか知ってるから其処を探していけば見つかるんじゃねぇか?」
それから絆の言う猫の集まりそうな場所を三人で探索する。
探し始めて30分くらいだろうか。三人が沈黙する。
猫の群れの中に黒羽の描いていた猫が居たからだ。
殺鬼がボソリと呟く。
「・・・居たな・・・」
相槌を打つように絆が「ああ」と答える。
続けて黒羽も消え入りそうな声で「居ましたね」と呟く。
黒羽が探していた猫を見詰ゴクリと喉を鳴らし、深呼吸する。
「と、兎に角、捕まえないと・・・」
「そうだな」
殺鬼と絆が同時に言う。
黒羽がゆっくりと猫に近づく。猫を確り見詰て手を差し伸べる。
「ほ、ほらこっちにおいで・・・」
だが猫はその手が近づくと顔を手に近付けて・・・・
ガブリッ!!
「!?」
黒羽の手に思い切り咬みつく。
みるみる黒羽の瞳に涙が溢れる。そして・・・
「うわ~猫が咬みついて離れないよ~」
とうとう泣きだした。しかも小学生の様な泣き方だ。
絆が大声で「泣くな!!」と言う。
殺鬼が何度目かも解らない溜息を吐いて黒羽に近づく。
「私が遣る・・・」
黒羽は何をするのか理解出来なかったが取り敢えず猫が咬みついている手を差し出す。
殺鬼は一息吐くと目を鋭くし、何時もより低音で猫を睨み据えて口を開く。
「おい・・・」
そして怒りのこもった声と視線で猫を見下して言葉の続きを言う。
「貴様特別な猫だからって調子に乗るなよ・・・・
何より主を見下し咬みつくような馬鹿猫は・・・近い内地獄に落ちるぞ・・・」
殺鬼の言葉と視線に猫の顔が青ざめていく。すると猫が黒羽の手から離れた。
「あ。」
余りにもあっさりだったせいか声が漏れる。
確認するように殺鬼が猫に訊く。
「解ったか?」
猫はこくりと頷く。殺鬼は短く「なら良い」と答える。
絆と黒羽は顔を見合わせて
(何か脅迫みたいで怖いな・・)
と内心怯えたようにそう思っていた。
帰り道、黒羽が絆と殺鬼に礼を言う。
「殺鬼さん、絆さん、今日は本当に有難う御座いました!」
「いや別に良いぞ」
特に何もしてないよなと絆が呟く。
黒羽が広場の時計を見て声を上げる。
「あ、そろそろ時間だ。僕は帰りますね!」
「ああ」
「気をつけてな」
絆の心遣いに黒羽は「有難う」と言って走り出す。

自宅に着く頃には既に日は沈んでいた。
リビングに行き、テレビをつけて夕方のニュースを見る。
やはり学生集団失踪事件の事ばかりが持ち上がっている。
ニュースのアナウンサーが原稿を見ながら視線をこちらに向けて事件の内容を伝える。
『学生が団体で行方不明になる事件ですが、
今日も6名行方不明になり、未だ原因は不明です。』
殺鬼はソファに深く腰掛けてニュースを黙って見る。
『行方不明になった学生は毎回置手紙の様なものを残し、
手紙には不可解な文章を書き綴っています。内容は皆同じとの事です。
内容は「我々は神の愛する楽園へ旅立つ・・・・」。この文章の意味は未だ解りません』
ニュースが終わるとテレビの電源を切り夕飯を軽くすませて事件について考える。
(神・・・・楽園・・・・)
手紙の文章、そして気になる事を考える。
(これは只の宗教団体の仕業じゃなさそうだな・・・少し調べてみるか・・・)
この事件には幾つも不自然な点があった。
それを考えていると不意に呼び鈴が鳴った。
事件の事について考えているのにと思いながらも玄関に向かう。
扉を開くと白いヴェールの様なものと白い服を着た少女が立っていた。
「こんばんは。天音殺鬼さん。私と一緒に来て下さい。」
少女の言葉に不信感を抱いた殺鬼は尋ねる。
「どちら様ですか?こんな時間に・・・・」
少女は少し考えるとふふっと笑って答える。
「私は・・・・そうね、神の使いとでも言いましょうか」
(神の使い・・・・新手の宗教団体か・・・・あるいは・・・・
これは裏があるな。調べてみるか・・・)
そう心の中で呟くと少女に怪しまれないように答える。
「解った。ついていく」
少女は満足げな表情で殺鬼を誘導する。
隣の部屋から扉が閉まる音がして黒寿が殺鬼の部屋の方を見る。
「ん?殺鬼こんな時間に外出?惨劇は無いのに・・・」
するとある事が黒寿の脳裏を過る。
(まさか殺鬼の奴あの事について調べに行ったのか・・・?)
死神の勘がそう言うのか黒寿は殺鬼の後を付いていく。

自宅を出て街灯のない裏道を歩く。
もう何時間歩いたのかさえ解らない。そもそもこんな道があったかさえ怪しい。
近くにチラッと見えた時計に視線を移す。
(3時か・・・)
気が付けば日が変わっていた。少女は無言で歩き続ける。
(-コイツ・・・人間じゃないな・・・怨霊でもない・・・
学生集団失踪事件と何か関かわりがあるのか?)
だが察しはついた。少女が口にした『神の使い』という言葉。
それは恐らく本当の意味での『神の使い』という事だろう。
ならば少女は天使だ。学生集団失踪事件の主犯だろう。
だがここで疑問が浮かぶ。何故天使が人間の子供を消すのか?
黙って付いていくと森の中にひっそりと佇む教会があった。
少女は教会の扉を静かに開く。
(若しコイツが天使なら私を殺す筈だ・・・・)
そう考えていると不意に少女が口を開く。
「着きました」
教会の椅子には制服を着たままの学生が座っていた。
それは教会の椅子を埋め尽くしている。失踪した学生だろう。
「さぁ皆さん今日も神に祈りを!そして心清らかに!そうすれば皆救われるのです!」
少女がそう言うと学生たちは手を合わせブツブツと何かを呟き始める。
それは言葉なのか聞き取れない。少女は指を振り宙に線を引く。
(これは・・・・歌?)
「聞えるかしら?彼らの歌が」
少女が殺鬼に歩み寄る。そして被っていた白いヴェールの様な物を脱ぎ捨てる。
白く、長い髪、中央分けされた前髪からハッキリと顔が見える。
大きな眼に白い肌、青い瞳。
「この歌は真実の歌・・・嘘、偽りを暴き消しさる力があるの・・・
それが例え死神だったとしてもね!」
少女の言葉とともに殺鬼の体から黒い霧の様なものが噴き出す。
「今貴方の心の闇が貴方の中から出てくるのが解る・・・・
こうやって心の闇を出して消すのが私達天使の仕事!」
「やはり天使だったか・・・・」
特に焦りもせずそう言う。天使は満面の笑みを浮かべて言う。
「うふふ解っていて敢えて付いてきたという訳ね。でも此処は私にって有利な場所」
天使のその言葉に眉間にしわを寄せる。
不意に背後から蔓が腕と足に絡みつく。対応が遅かった所為か避けられなかった。
「くっ!」
腕と足を勢いよく引っ張られ磔にされ、苦痛の声が漏れる。
天使は殺鬼のその様子に満足げに笑う。
「ふふ、それは人間の負の感情が生み出した悪意の蔓。
貴方の闇を取り込むまで外れないわ。」
殺鬼は目を細めて天使を見詰る。
「成程・・・人間の感情を利用して死神を消すというわけか・・・」
「利用だなんて人聞きの悪い事言わないで欲しいわ」
天使が殺鬼に手を差し伸べ、殺鬼の頬を撫でる。
「人間の悪を消すにはこの方法しかないの・・・それに消える前に使えるなら
使ってから消した方が良いでしょ?」
すると天使の手が殺鬼の頬を滑り、殺鬼の首に着いた首輪に触れる。
首輪に指を通しそれを外そうと引っ張ろうとする。
「天音さん・・・貴方も死神なんて辞めて私達の仲間になって?
貴方はそちら側に居るべきじゃないの」
瞬間天使の手が払われる。黒衣の翻る音とともに。
「!?」
一瞬の事で天使には理解出来なかったが、
殺鬼は空を切るように黒衣をそこから引き出しその身に纏った。
以前黒寿に自分の意思で黒衣が出現するという事を教わった事もあり
実践してみただけだったが思ったよりも簡単な事だった。
黒衣同様に愛用している日本刀も出せるだろうと腰から日本刀を抜く構えをすると
まるで最初から其処に在ったかのように日本刀が姿を現す。
「生憎、私は死神になった事を後悔してないんでな。そちら側に行く気も無い・・・
この首輪は黒寿との契約の証・・・・それは絶対に他人に切り離す事の出来ない絆だ。
それを引き裂こうとする者は誰であろうと斬る!」
その言葉に天使の表情は失望感に満ち、小さく溜息を吐いた。
「そう・・・それは残念・・・。まだ悪に染まってなかったから
仲間になってくれると思ったのに・・・」
天使は光のない目で殺鬼を睨み据える。
「貴方がそこまで言うのなら仕方ありません。仲間にならないのなら死んで下さい!」
すると天使の背から白く大きな翼が広がる。
「仲間にならなかった事を後悔するがいい!」
再び天使が歌う。すると周囲から蔓が伸びてくる。
さっき不意を突かれただけに警戒はしていた。
今度はその蔓を持っていた日本刀で切り裂く。
すかさず天使が蔓に紛れて羽を飛ばしてくるがそれも払いのけ、
天使めがけて踵を返して跳ぶ。
「くっ」
避け切れない事を想定し結界を張る。一撃を弾き返され殺鬼が日本刀を自分の方に引く。
そして今度はさっきよりも勢いをつけて一突きする。
「!?」
結界が崩壊し始め、天使は動揺する。
「しまっ・・・」
言葉を言う前に横腹に日本刀がめり込む。
「動くな。少しでも動けば今度こそ斬るぞ。
斬り殺されたくないなら大人しく私の質問に答えろ。」
天使は額から流れる汗と腹の痛みに表情を歪めて答える。
「―・・・解りました、質問に答えましょう・・・・」
殺鬼は天使の眼をじっと見つめる。
「何故人間の子供を攫った?」
苦しげに天使は答える。
「彼等を・・・救う為です・・・」
殺鬼の片眉がピクリと動く。
「救う・・・だと?」
こくりと天使が頷く。
「ええ・・・人間は皆善と悪の両方を持っています。
けれど人間の殆どは悪に染まっています。」
天使が悲しげな顔をする。殺鬼は相変わらずの無表情で天使の言葉を聞く。
「神は嘆きました。御自分の創り上げたモノが闇に呑まれる事を・・・
だから私達は人間の闇を消しているのです・・・」
天使が話し終えると殺鬼は静かに頷く。
「成程な・・・だがこれは・・・何の真似だ?」
気付くと何時の間にか殺鬼の周囲に巨大な杭の様なものが浮いている。
天使はさっきまでとは打って変わって笑いだす。
「ふふ。私がこの程度の傷で困ると思います?」
するとさっきまで血を流していた腹部がみるみる傷を癒やせれていく。
日本刀を引き抜こうとするが天使の腹に固定されていて抜く事が出来ない。
「言ったでしょう?此処は私にとって有利な場所だって・・・」
「!?」
殺鬼の脳内でその言葉の意味を理解しようと思考が巡る。
急速再生能力・・・そんな事がリスクなしで簡単にできるものだろうか?
疑問を抱きある事に気付く。
「此処は私の空間・・・どんな傷を負っても直ぐに治せるの。天音さん、サヨナラ」
その言葉とともに大量の杭が刺さる音がする。
「な!?」
無数の杭が射抜いたのは天使の体だった。
(くっ!如何いう事!?何故私に刺さってるの?)
殺鬼の姿が視界から消えていた事に焦りながら傷を癒やす。
すると頭上から声が降って来た。
「お前の言う自分の空間は空間を作る時自分の
『身代り』を置かなければならないのだろう?」
殺鬼はステンド硝子の傍の蝋燭を置く為の狭いスペースに立っていた。
その手に握られていたのは一本の蝋燭。蝋燭にはまだ灯が点っていた。
「お前の『身代りはこれの中にあるんだろう?
これを破壊すればもう簡単に治癒能力も使えないだろ。違うか?」
殺鬼の推測に天使の表情が歪む。
「な!?」
殺鬼は確信したように眼を細め冷めた目で天使を見下す。
「図星のようだな。さて、壊すか」
「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
天使の絶叫など気にもせず握りしめた蝋燭をより強く握る。
蝋燭を握る手に力が集中する。するとそれは呆気なく砕けた。
瞬間天使の中で何かが音を立てる。
「うっあっうあああああああああああああああああああああああ!」
天使は自分の体を抱きながら悶える。
「うっくはっうあ・・・」
天使の口から大量の液体が吐きだされる。
嘔吐物に服や髪を汚し、口元を必死で抑える。
「うっあうううぐっはぁ・・・」
息苦しそうに呻く天使の様子を見て天使のいる所まで降り立つと
天使の腹に刺さったままの日本刀に手をかける。
「返して貰うぞ」
その一言にぞっとした天使は殺鬼に視線を移す。
だが勢いよく引き抜かれた日本刀が腹部を抉る衝撃で絶叫する。
「うっあっがああああ!キャーーーーーーーーーーーー!!」
日本刀には天使の鮮血が滴り落ちる。
殺鬼は天使を見下してこう告げる。
「無様だな・・・天使・・・・あれだけ自信満々だったのが今ではこれだ。
己の力に溺れ、相手を舐めていた者だという証拠だ」
言い終わると日本刀を振り上げて一言。
「さて、止めを刺すか・・・」
天使は既に虫の息だった。虚ろな目は抵抗をする気力がない事を物語っている。
が、今度は別の気配を感じてその場を離れる。
教会の扉を強引に開くと其処には黒く巨大な猫が立っていた。
「何だ・・・コイツは・・・」
天使の仲間だとも思ったがそうではないと理解する。
あの巨大な猫は人間の負の感情で出来ている事に気付く。
猫が片手を振り上げ殺鬼を襲う。凄まじい破壊力だ。
まともに食らえば致命傷には確定だろう。
(今、天音さんがあの化け物と戦っている内に逃げないと・・・)
殺鬼が天使の不穏な行動に気付き天使の方を振り返る。
すると天使は消えていた。
(チッ!逃げられたか!)
すかさず背後から猫の一撃を食らうと思い急いで構えるが間に合わない。
「しまっ・・・」
攻撃を受けるかと思っていたが猫の動きが止まる。
猫の頭に何かが刺さっている。其処から電気に似たものがバチバチと音を立てる。
猫の表情が苦痛に歪む。
「もう、また暴れて・・・・食べ過ぎは駄目だって何時も言ってるのに・・・
こんなに大きくなって・・・仕方ないね」
瞬間、猫の頭に刺さっていた物が引き抜かれそれが猫の体を切り裂く。
猫はみるみる歪み、蒸気のように消えていく。
声のした方に視線を移す。
「これで一つ、問題解決したね・・・・それにしても闇猫が此処まで大きくなるなんて・・・」
その姿に見おぼえがる。長い髪、大きな眼、色白で細い体・・・
「お前、死神だったのか・・・黒羽」
それは間違いなく昼間猫探しをしていた少年、黒羽だった。
「はい、僕は死神です。殺鬼さんも死神だったんですね」
黒羽は申し訳なさそうな表情で殺鬼を見詰る。
「あの・・・さっきは僕の猫が迷惑をかけてしまって・・・御免なさい・・・」
「ああ・・・だがあの巨大な猫は一体何だったんだ?」
すかさず問いかける。
「・・・あれは僕の飼っている猫なんです。」
「猫?昼間捕まえた奴の事か?」
「はい。あの猫は昼間捕まえた猫です。僕の飼っている猫は只の猫じゃないんです。
僕の家は代々死神業をしていて人間を死の世界へ誘ってきました。
それが僕等の仕事だから・・・・。でも僕の家族は皆動物を召喚して仕事をするんです。
召喚獣は人間の幸を食べて不幸に変換して再び人間に返す・・・・
そして人間から出る負の感情を食べて成長するんです。
これを繰り返すことで人間の憎しみの連鎖は終わらないんだ」
長々と説明したかと思うと今度は悲しげな顔で言う。
「-でも・・・召喚獣が人間の負の感情を食べ過ぎると
さっきみたいに急成長して暴走してしまうんだ。
召喚獣が暴走した場合、速やかに主が処分しなくてはならないのです。
でも僕はあの子たちを殺したくない・・・」
その言葉に殺鬼が答える。
「お前、優しいな。死神じゃないみたいだ。」
黒羽は困ったような笑顔で答える。
「あ、良く言われます・・・・」
すると黒羽が或る事に気付く。
「それ・・・・・」
それとは殺鬼の黒衣の袖から覗く幸吸引石の事だ。
「それ、若しかして幸吸引石?」
「ああ。これお前のか?」
「そうです。実は人間界に来る途中に落としてしまって・・・・」
「成程な。これは返す」
「有難うございます」
黒羽は何度もお礼を言った後殺鬼を見詰て言う。
「それじゃ僕は帰りますね。帰る時は気をつけてください」
「ああ」
すると森の方から影が見えた。
「あれ?何で黒羽と殺鬼が一緒に居るの?」
黒寿だ。黒羽が目を見開いて言う。
「-黒寿・・・」

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